Skip to content

Constitutionalism (Page 12)

国民や天皇自身の考えとかけ離れた解決策を目指せば必然的に生じる時代錯誤な理屈の不合理さ。天皇制が絶対とは思わないけれど、現行法にのっとり事は進められるべき。ゴールポストを勝手にずらしたりしたらOUT!

asahiview

nihon-kaigi

「日本会議」の中でも、にも神道連盟系とそれ以外では意見の違いが次第に明らかになってきているようだ。その理由は?

百地章の変節」(月刊日本)より;

”天皇陛下の生前退位(譲位)をめぐり、日本会議の主張に変化が見られるようになっています。日本会議はもともと生前退位に否定的な立場でした。例えば、日本会議と関係の深い百地章氏は、8月9日の沖縄タイムスで、「憲法が天皇の政治への関与を禁じている中で、陛下の言葉や考えそのままに政治が動いていいのかという疑問がある」と述べています。ところが、百地氏は政府の有識者会議ヒアリングでは、退位に賛成し、皇室典範の付則に根拠規定を置く特例法を提案しています(12月2日付朝日新聞)。

百地氏が立場を180度転換した背景には、いくつかの可能性が考えられます。一つには、百地氏が天皇陛下のお気持ちを尊重するようになったという可能性です。つまり、当初は天皇陛下の生前退位に反対していたが、やはり天皇陛下のお気持ちを考え、生前退位に賛成するようになったということです。

もし百地氏が自らの主義主張を捻じ曲げてでも天皇陛下の「おことば」を尊重しようとしているならば、それはあるべき尊皇精神ではないかと思います。もっとも、たとえそうだったとしても、一度はあれほど強い言葉で生前退位を批判したわけですから、納得のいく説明を行うべきです。しかし、そのことについて百地氏からしっかりとした説明はなされていません。これは公共圏で発言するものとして不誠実な対応だと言わざるを得ません。

 

もう一つの可能性は、日本会議が方針を転換したことです。つまり、百地氏は日本会議の方針のもと、天皇陛下の生前退位に賛成するようになったということです。もしそうだとすれば、日本会議を取り仕切っている日本青年協議会(日青協)が方針を転換したということになります。”

 

天皇(宮内庁?)の側からのからめ手の戦術も届く。

学友の明石元紹氏からの「伝言」(12/1付け朝日他;「譲位は「自分だけの問題ではない。将来にわたって象徴天皇制の在り方がどうあるべきかが大切」、「国のための制度がある以上、合理的でいつも変わらない形にならないと意味がない」。「摂政にもはっきり否定的なお考え」と)。

もうひとつは秋篠宮の誕生日発言(11/30?8月8日のビデオ放送”について、わざわざ「内閣の了解も得て」と言及したこと。あの放送が、内閣の同意と責任によって行われた事実を、改めて指摘)。

おもしろくなってきた。私は「次の天皇の”男系”直系である愛子さんを次の皇太子に。それができなければそんな天皇制は廃止。だって今の時代の価値観に合わないから・・」かな?

天皇退位と憲法問題へ

Top Pageへ

安保法・自民草案で応酬 衆院憲法審
2016/11/24

<東京新聞>

rikkensyugikimuratokyo

憲法審査会 改憲を前提とせずに

憲法をめぐり、国権の最高機関である国会で議論を深める意義は理解するが、必要のない改憲にまで踏み込んではならない。まずは改憲を前提とせず、全国民の代表として議論を尽くすべきだ。

 衆院できのう憲法審査会が開かれた。約一年五カ月ぶりに議論を再開した十七日に続き、この臨時国会二回目である。審査会は参院でも十六日に開かれている。

 きのうの衆院の審査会では立憲主義、憲法改正の限界、違憲立法審査の在り方について、各党が自由に意見を述べ合った。

 民進党の枝野幸男憲法調査会長は、自民党が野党時代の二〇一二年に作成した改憲草案について「立憲主義に反し、憲法を統治の道具であるかのごとく考えている。立憲主義を踏まえたものと(自民党が)認識しているのなら建設的な議論は困難だ」と批判。

 これに対し自民党の中谷元・前防衛相は「人権を保障するために権力を制限する立憲主義の考え方を何ら否定するものではない」と反論した。

 自民党の改憲草案は天皇元首化や国防軍創設など国民主権、平和主義の観点から問題が多く、全国民に憲法尊重義務を課すなど立憲主義に反する内容が盛り込まれている。家族の協力義務を定めるなど復古的で時代にもそぐわない。

 自民党は憲法審査会の再開に当たり、改憲草案をそのまま提案することは考えていないとして事実上封印したが、草案の考え自体を放棄したか否か明確ではない。

 憲法は国の最高法規である。改正は全国民の代表である国会議員の幅広い賛同が前提だ。少なくとも、野党第一党の賛同を得られないような改憲案は、たとえ衆参両院で三分の二以上の賛成が得られるとしても、発議すべきでない。

 改憲草案の考え方に、民進党が賛同していない以上、草案自体が憲法論議を深める障害になっていることは否定できまい。建設的な議論のためにも、自民党は撤回するのが筋ではないか。

 今国会における衆参三回にわたる憲法審査会での議論で明らかになったのは、改憲に前のめりな自民党の姿勢である。

 現行憲法に著しい不備があり、国民の間から改正を求める意見が澎湃(ほうはい)と湧き上がっているのならまだしも、そうした状況でないにもかかわらず、改憲を強引に推し進めるのなら「改憲ありき」との誹(そし)りは免れまい。

 「改憲のための改憲」には反対だ。何度でも強調しておきたい。img_6123

 

<日経新聞> 

 衆院憲法審査会は24日、立憲主義や憲法改正の限界をテーマに議論した。民進党は昨年9月に成立した安全保障関連法と、2012年に自民党がまとめた改憲草案を「立憲主義に反する」と批判。自民党は「安保法は現行法の枠内」「草案は立憲主義をなんら否定していない」などと反論し、平行線をたどった。

安保法を巡っては、昨年6月の同審査会で与野党が呼んだ参考人全員が違憲と判断。合憲か否かで与野党が対立し、今月17日に再開するまで約1年5カ月にわたって審査会が中断した。

民進党の枝野幸男氏は24日の審査会で「集団的自衛権の憲法解釈を一方的に変更した」と指摘し、改めて違憲だと訴えた。公明党の遠山清彦氏は「自国防衛を目的とする集団的自衛権の行使を認めるのは憲法9条に反しない」と反論した。

 枝野氏は国防軍の保持などを盛りこんだ自民党草案も問題視。「立憲主義を踏まえたと認識しているなら建設的な議論は困難だ」とけん制した。与党筆頭幹事の中谷元氏(自民)は「草案は国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という憲法の三大原則を堅持している」と述べ、立憲主義に基づくと主張した。

民進党が議題にするよう求めた天皇陛下の生前退位を巡っては、自民党の上川陽子氏が「いま内閣で精力的に議論をしている」と指摘。現時点で国会で議論するのは不適切との認識を示した。

公明党の太田昭宏氏は改憲の対象になりうる項目として、環境権を挙げた。民進党の細野豪志氏は、大規模災害などの緊急事態下での国会議員の特例的な任期延長を議論すべきだとした。

 

写真<東京新聞より>

天皇退位と憲法問題

立憲主義とは

Top Pageへ

生前退位を希望する天皇の意向に対し、それを防ぎたい政府は、「公務軽減等」を図り当面の課題を先送りし、何とか「男系天皇」を守れる方法を見出したいようだ。

img_6123

<毎日新聞>

「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」は30日に予定する第3回のヒアリング後、論点のとりまとめ作業に入る。ヒアリングの項目に沿って退位をめぐる論点を整理した。

毎日新聞電子版記事

 退位の意向がにじんだ「おことば」について、「おことばを受けて法整備すると、天皇の政治的行為になる」との指摘がある。政府は有識者会議を通じて国民から意見を聞く形をとることで、違憲との指摘を回避する考えだ。

 横田耕一九州大名誉教授は「政治が動かなければ問題ないが、発言を『重い』と受け止めて行動する政治家が多く、国民もそれを求めている」と、憲法違反の疑念が生じかねないと指摘する。

 一方、高見勝利上智大名誉教授は「おことばの表現自体は違憲との批判を受けないよう配慮、工夫されている」と話す。

 

東京新聞の論評はこちら

koshitukaigi1122

 

(研究者の視点)2016/11/16

「天皇陛下の生前退位問題」の第2回ヒアリングの意義は何か

 | by suzumura

11月14日(月)、天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議の第4回会合が開催され、ヒアリング対象者への2回目のヒアリングが行われました。今回の対象者は渡部昇一、岩井克己、笠原英彦、櫻井よしこ、石原信雄、今谷明の6氏であり、報道によれば渡部氏、笠原氏、櫻井氏、今谷氏が今上陛下の退位に反対し、岩井氏と石原氏が退位を容認する立場を表明しました2

11月7日(月)に行われた第1回目のヒアリングにおいて、今上陛下の退位を肯定する立場の有識者が概ね現状の天皇の終身在位制度そのものの非人道性を指摘し、反対派が天皇が終身の位であることそのものに現行の制度の価値を見出しているのと同様に、今回の6氏の論点も現在の天皇制のあり方そのものをどのように評価するかという点で退位への賛否が分かれたということが出来るでしょう。
ところで、今回意見を聴取された6氏の中で興味深く思われるのは岩井克己氏と今谷明氏です。
すなわち、岩井氏は今上陛下の退位を特例法の制定により対応しようという態度を「一時の『抜け道』をつくる安易な対処との印象を与えかねない」と批判し、高齢を理由とした退位に論点を絞れば皇室典範の改正も「さほど難事とは思えない」と主張するとともに、特例法で対応した後に皇室典範の本格改正に踏み切る「2段階論」についても、「過去の経験からみて、当面の対処が済めば機運がしぼんで先送りとなる恐れがある」と指摘したとのことです2

また、今谷氏は「たとえ陛下のお気持ちといえども軽々に判断することは避け、大多数の国民が一致して結論を出せるよう冷静に議論することが必要だ。有識者会議のメンバーの中には、すでに一代限りの特例法がふさわしいと述べている人がおり、国民に予断を与えかねない。まずは様々な論点を出し尽くすことに専念すべきだ」としています。

岩井氏の指摘の意義は、眼前の懸案事項が処理されればさらに踏み込んで問題を抜本的に解決しようとする意欲が低下する日本の政界の様子を象徴的に伝える点にありますし、今谷氏による問題提起は有識者会議、さらには政府内に特例法による解決を既定の方針として議論を行う雰囲気のあることを示唆します。

天皇退位と憲法問題へ

天皇退位,女性天皇へ

Top Pageへ

国民主権のもと、国民が選挙を通じ、政治家を介する形で、正しくロボットに入力していくという構図” って何だろう?

天皇の「お言葉」、憲法学者ら考察 樋口陽一さん・石川健治さん

2016年11月2日 (朝日新聞)

 著名な憲法学者らが、先人の憲法解釈を引きながら天皇の「お言葉」問題を論じている。憲法学界の重鎮の樋口陽一・東京大名誉教授は天皇と政治の関係について講演会で、石川健治・東京大教授は専門誌で「象徴」について考察した。

東京であった「加藤周一記念講演会」に講師として樋口さんは登場。司会者から天皇の退位問題へのコメントを求められ、戦前から戦後にかけて活躍した憲法学者・宮澤俊義(故人)の憲法解釈を紹介した。

天皇には政治的権能がなく、その行為には内閣の助言と承認を必要とするとした新憲法のもとで、天皇は「ロボット」的な存在なのだと宮澤は説明していた。宮澤があえてその言葉を使った背景には戦後の象徴天皇制に関する「健康な構図」のイメージがあった、と樋口さんは語った。国民主権のもと、国民が選挙を通じ、政治家を介する形で、正しくロボットに入力していくという構図だ。

「しかし実際はどうか」と樋口さんは、2013年に政府(安倍政権)が開催した「主権回復の日」式典に言及。「国論が分裂する中、沖縄県知事があえて欠席するような集会に天皇・皇后両陛下を引き出して、最後には(天皇陛下)万歳三唱を唱和した」と批判し、「いまだに日本国民は、宮澤先生の言った正しい意味での『ロボットへの入力』をすることができないでいる」と述べた。

続きはこちら;

yoichi-higuchi

東京新聞の若い人の意見コーナーに、こんな素直な発言があった。

young-man-about-tennoh

 

 

 

 

 

天皇退位と憲法問題のページへ

Top Pageへ

皇室の危機を回避する

河野太郎2016年10月19日 22:49

img_3792

我が国の皇室は、かつてない存続の危機に瀕している。

天皇陛下より若い皇族男子は、皇太子殿下、秋篠宮文仁親王殿下、秋篠宮悠仁親王殿下の3人しかいらっしゃらない。将来、悠仁親王家に男子がお生まれにならなければ、男系の皇統が絶えることになる。

たしかに我が国の皇室は男系を貫いてきた。しかし、男系天皇を維持することができるかどうかは、このままいけば確率の問題になってしまう。

 

一、男系の維持をいかに図るか

今後とも男系天皇を維持すべしという意見がある。しかし、言うのは簡単だが、現実は容易ではない。今後とも、男系を維持するのが好ましいとして、いかにして男系を維持することができるだろうか。

ア 旧皇族男子を皇族の内親王殿下または女王殿下に婿入りさせる

戦後、皇籍離脱をした旧宮家の男子を現皇族の内親王殿下または女王殿下に婿入りさせ、宮家を創設し、その男子を皇位継承の対象とするという方法が考えられる。特に、東久邇家には昭和天皇の内親王が嫁がれ、竹田家、朝香家、北白川家、東久邇家には明治天皇の内親王が嫁がれ、皇室との最近の縁戚関係もある。

しかし、内親王殿下、女王殿下にもご結婚の自由があり、ご結婚を強制することはできない

また、旧宮家は1430年に即位した後花園天皇の弟貞常親王の子孫であり、それ以来、600年近く、現皇室との間に男系の繋がりはなく、その男系が皇室を継ぐことが国民的に受け入れられるだろうか。また、仮に運よくこの方法で宮家が一つ、二つ増やせたとしても、継続的にできるわけではなく、男子が生まれる確率が多少高まるにすぎない。

イ 側室を復活させる

これまで男系が続いてきたのは、側室の存在が大きかったと言わざるを得ないが、国の象徴であり、国民に親しまれ、敬われる皇室ということを考えれば、また、国際的にみても、現代に側室を復活させるという選択は、現実的な選択肢とはなり得ない。

ウ 人工授精など科学的な方法を用いる

男系皇族の精子を保存し、人工授精するなどの科学的な方法が考えられなくもないが、卵子の提供や人工懐胎をどうするのか等、問題は多い。また、そのような皇室に、皇后にふさわしい女性が嫁いでこられるか、疑問が呈されるだろう。こうしたことを考えれば、男系天皇を維持すべしという議論は理解できるにしても、それを具体化するための現実的な、国民に広く受け入れられるような方法はどうするのだろうか。現実的であり、具体的な方法の議論なしに、男系天皇の維持を主張することは皇室の存続を危うくする。男系の維持を考慮するならば、国民に広く理解され、受け入れられる具体的な方法の提示が必要である。

 

二、男系、女系に関わらず皇室の維持を図るべき

男系の維持が困難であるならば、次善の策は、男系、女系に関わらず、皇室の維持を図るべきではないか。そのためには皇室典範を改正し、長男継承を長子継承に改めるべきではないか。その場合、親王殿下だけでなく、内親王殿下、女王殿下も宮家を創設し、継承順位に従って、天皇位を継承していくことになる。

たしかにこれまでの天皇家の歴史を変えることになるが、男系天皇を維持できない可能性が高く、その場合、皇統そのものが断絶することになり、その危機を回避するためには皇室のあり方を変えることもやむを得ないのではないか。

 

三、継承ルールの変更の議論を速やかに始める必要がある

今上天皇の生前退位の議論を優先し、継承ルールの変更を先送りすることはできない。今上天皇が生前譲位されて上皇になられ、皇太子殿下が即位された場合、長男継承が続くならば、秋篠宮文仁親王殿下が皇太弟となられ、長子継承ならば愛子内親王殿下が皇太子となられる。それまでに継承ルールの議論に結論を出すべきではないか。

悠仁親王殿下まで長男継承を続け、そこで皇室に男子がいなくなったからといって長子継承に切り替えるのは難しい。内親王殿下も女王殿下もそろそろご結婚の話が出てもおかしくないお年頃である。

現在の皇室典範ではご結婚された内親王殿下、女王殿下は皇籍を離脱されることを考えると、悠仁親王殿下まで長男継承としてしまうと、その時には皇室の女子がいなくなってしまう可能性もある。だから今上天皇の生前譲位までに皇位継承のルール変更をすべきである。

 

四、長子継承にするならば、天皇家の祭祀の変更が必要かどうか、確認する必要がある。

宮中祭祀の中には、新嘗祭や大嘗祭をはじめ、女性が祭祀を執り行うことができないとされているものがあると言われる。しかし、その理由は、女性の生理や出産を穢れととらえる意識によるものであり、現代社会にはなじまない。他方、宮内庁は、女性天皇が執り行うことができない祭祀はないと明言している。長子継承にするならば、この点を確認し、必要ならば祭祀を変更する必要がある。

 

五、宮内庁を改組すべき

このままでは皇室の存続の危機が訪れることがわかっていながら、これまで無為無策に終始した宮内庁の責任は厳しく問われなければならない。また、宮中祭祀や陵墓等の情報公開に後ろ向きで、皇室と国民との間に壁を作ってきたのも宮内庁に責任があると言わざるを得ない。

宮内庁を改組し、国事行為・公的行為等に関する事務を取り扱う組織、天皇・内廷、宮家の日常をお支えする組織、文化的、科学的な立場から天皇家の祭祀や歴史の維持を行う組織の三つに分割し、これまでの宮内庁の文化を一変する必要がある。

天皇陛下が、国民に対して語りかけられたお言葉は、皇室の存続に対する陛下の強い危機感のあらわれではなかったのか。お言葉を受けての議論を、生前退位の議論に矮小化してしまうことは、皇室の存続を危うくすることにもつながりかねず、この機会に皇室の安寧と弥栄のための議論を、広く国民を巻き込み、行うべきである。

 

皇別摂家img_2330

皇位継承問題について書いたところ、様々なご意見をいただいています。その中で気がついたことをいくつか。

私は、日本を日本たらしめているもの、つまり、日本と韓国、中国など他の国との違いは何かと問われれば、日本とは象徴である天皇陛下がいらっしゃり、日本語を話すところと答えます。

天皇陛下と日本語が、日本という国のかたちの中心にあると思います。ですから、私は、皇室の継承問題は非常に大きな課題だと考えてきました。

しかし、寄せられたご意見の中には、「なるようになる」「その時はその時」といったような、わりと軽く考えているようなものも少なからずあり、その数にショックを受けました。同時に、皇室と国民との間の距離を縮めてこなかったことを与党の一員として深く反省しなければならないと思います。

もう一つが、旧宮家に対する認識です。戦後、皇籍を離れた旧宮家のすべてが1430年に即位した後花園天皇の弟貞常親王の子孫であり、それ以来、600年近く、現皇室との間に男系の繋がりはないのだということを御存じない方も結構いらっしゃるようです。

「例えば明治天皇の御兄弟やいとこの子孫」などに男子はいませんし、それどころか、つまり、600年近くさかのぼったところで分かれた家系の子孫の男子が旧宮家なのです。

ただ、そんなに遡らなければ天皇の血を引く男子はいないのですか、と問われると、家系的にはもっと近い男子もいます。ただし、皇族ではありません。

俗称で、「皇別摂家」といわれる家系があります。藤原氏の嫡流で、摂政・関白に昇任することができた5つの公家のことを摂関家とよびます。近衛家・九条家・鷹司家・一条家・二条家の5つのうち、近衛家と鷹司家、一条家にはそれぞれ皇族男子が養子に入って家を継ぎました。

近衛家には1599年、後陽成天皇の第四皇子が養子に入りました。一条家には1609年、後陽成天皇の第九皇子が養子に入りました。鷹司家には1743年、東山天皇の第六皇子、閑院宮直仁親王の第四皇子が養子に入りました。

この三家とも既に本家は男子が断絶し、養子を迎えたため、皇室の血を伝えてはいませんが、分家あるいはこうした家から養子に迎えられた先で男系が続いているところがあります。

1430年に皇室から分かれた旧宮家よりも、血統という点では皇室に近いといえるかもしれません。しかし、いずれも養子に出た時点で皇籍を離れたわけですから、旧宮家よりもはるかに長く民間であるということになります。

男系天皇の維持ということを考えれば、皇別摂家の血を引く男性にも婿入りの可能性はあるかもしれません。しかし、旧宮家同様、そもそも数百年前に皇室から分かれた家系の者をどう考えるのか、皇室の女子の結婚の自由の問題、一人二人の男子が増えたからといって皇位継承が安定するわけではないといった問題は残ります。

皇室は大切だと考える多くの国民の間で、しっかりとした議論が速やかに始まることを大いに期待すると同時に、皇室に対する国民全体の親近感や崇敬の念をどう増すことができるか、真剣に考えていきたいと思います。

 

生前退位と憲法問題へ

Top Pageへ

「わしは眞子さまが結婚のために民間人になると決断されたら、反対はしない。仕方がないではないか。」って、小林よしのりさんは、眞子さんのお父さんでも、その筋から相談を受けたわけでもないんだから。。。ほっとけば。

でも、勢い込んでこんなことを言っちゃうところが、まっすぐでいい人だなと思う。

37

以下、小林さんのブログより*****************************
2016.10.18(火)

眞子さま横浜デートで見えた日本の未来

「週刊女性」が眞子さまの横浜デートを報じている。恋愛関係ならば、引き離すわけにはいかない。ひょっとしたら結婚ということも考えられる。 

だが女性宮家の創設を、今回の有識者会議で検討しないのならば、眞子さまはそもそも自分の人生の見通しを決めることすらできない。結婚して、民間人になっていいのかどうかも、躊躇されるだろう。

恋愛して、結婚したいと思っても、そのときに女性宮家創設が決まれば、彼氏とは別れねばならないかもしれない。眞子さまにとっては、恋愛するにも覚悟がいるのだ。なぜ将来の運命を決めてあげない?なんて残酷な仕打ちなんだ? 

わしは眞子さまが結婚のために民間人になると決断されたら、反対はしない。仕方がないではないか。 だが、後に残るのは、愛子さま、佳子さま、悠仁さまのたった3人になる。
安倍晋三が、何が何でも男系男子と言うなら、愛子さまが皇太子殿下になる道はなく、次に皇籍離脱するのは佳子さまになる。 そして愛子さま、最後に悠仁さまだけが残る。 

そこに民間人の女性が、ただ「男子を産む機械」として嫁いで来る可能性はまずない。その時点で、旧宮家系の男系男子を皇族にと言っても、まず不可能だ。
かつて「週刊新潮」が調査した結果によると、現在も残っている旧宮家のうち、男系男子がいるのは3宮家だけ。その中の誰も、いまさら皇族になんてなれないという冷たい反応だった。 

眞子さまが結婚して民間人になった時点で、皇室は終焉の時を待つだけだと考えてもいい。
今後30年間は皇太子殿下が不在の年月が過ぎていく。そして次の天皇陛下と皇太弟が、二人で老いていく姿を国民は見ているだけだ。その間に国民は皇室への関心を急速に失っていくだろう。 

天皇陛下と皇太弟は、どちらが先に没するかはわからない。ひょっとしたら悠仁さまは一度も皇太子になることなく、天皇になるかもしれない。伴侶もなく、40歳過ぎて、いきなり即位される。その頃にはもう国民はすっかり皇室のことなど関心もない。皇室の終わりだ。 

日本は皇室なき民主主義の時代を迎える。そして喝采と共に権威と権力を一身に纏う首相が誕生する。独裁制の出現である。

*************************

天皇退位と憲法問題へ

 

Top Pageへ

毎日新聞の特集。あまり面白くない。論点がかみ合わない、評論的。

シリーズ生前退位 有識者会議に望む

毎日新聞 

img_0279

歴史の中で「共存」試される 保阪正康・ノンフィクション作家

 天皇陛下の今回のおことばは、平成の「玉音放送」「人間宣言」と呼べる歴史的意義を持っている。憲法で言う「内閣の助言と承認」を必要とするレベルの発言だが5、6年前から天皇陛下が意向を示してきたにもかかわらず、政治が役割を果たさないので、「個人」として、「国民の理解を得られることを、切に願っています」との重く微妙な表現で、覚悟を持って国民に直接呼び掛けられた。有識者会議はこれに応えるべく、予定調和・結論ありきではなく、抜本的な問題に踏み込む必要がある。

「人間宣言」のゆえんは皇室典範の抱える問題による。戦前、天皇制は大日本帝国憲法と旧皇室典範の二つで形作られていた。戦後、新憲法は制定されたが、皇室典範は旧態依然の形を受け継いでいる。私たちは市民的権利を享有する社会に生きているが、天皇はそうでなく、現制度には無理がある。無理を身をもって知るのは、天皇陛下ご自身だ。少なくとも、皇位継承については、意思を表明する権利が天皇にあるのではないか。「政治的」なあらゆるご発言を認めろ、というのでもない。また、その通り決定するかも別の段階の話だ。

「一代限りの特別立法で乗り切る」といった予定調和が政府側から見える。おことばという現実を突きつけられ、姑息な手段を言っている感がある。摂政についても安易だ。おことばで置くことを事実上否定した部分は、昭和天皇が大正天皇の摂政を務め、天皇陛下自身も臨時代行を務めたことから、困難を血肉として理解しているからではないか。昭和天皇には、結果的に大正天皇の位を奪った形になってしまったというトラウマがあったようだ。

結局、問題は天皇をどう考えるかに行き着く。かつて日本は性急な近代化のため、権威権力一体の仕組みを作ったが破綻した。権力は臣下に負託され、天皇の名において振るわれたが、戦争時など、必要な報告すら昭和天皇にされてなく、ウソもついている。

各種世論調査では、生前退位について8〜9割が「賛成」という数字になっている。こんな数字が出るのは「お気の毒」などといった感情論的なレベルで、本質的に問題が考えられていないからだろう。例えば何代か後の天皇によって憲法から逸脱するような「政治的」な発言が行われる事態を仮定すれば、今回の「おことば」が引き合いに出されるのではないか。そうした重要な問題をはらんでいる。有識者会議では感情論に流されず、天皇制の土台そのもののあり方を論じ、問題意識を国民に広く伝えるような議論をしてほしい。

天皇制は、権力と権威を分ける、抽象化された存在が市民社会のバランスを保つといった、私たちが紡いできた「知恵」の中に存在する。皇室の高齢化、天皇の後継者の減少という現代の課題の中で、私たちは天皇制といかに「共存」するか。歴史の中で試されている。有識者会議のメンバーは、そのことを自覚しているだろうか。個々人は天皇観、天皇制をどう自身の中で抱えるか、意見を明らかにし、ぶつけあって、より良い方向を模索しなければならない。【聞き手・最上聡】

 

象徴天皇制とは何か 議論を 河西秀哉・神戸女学院大准教授

 有識者会議では象徴天皇制とはどうあるべきかを考えたうえで、生前退位の問題を議論してほしい。日本人にとって象徴天皇とは何なのか。本来、象徴天皇は社会の変化に応じて変わっていくべきだ。しかし、戦前から戦後にかけて象徴天皇の中身を議論しないまま、天皇制は存続してきた。象徴天皇という概念は難しいうえ、憲法でも明確に定義されなかったため、天皇自身が象徴とはどうあるべきかを模索してきた。

天皇は国事行為だけではなく、被災地にお見舞いに行ったり、戦跡で戦没者の慰霊をしたり、公的行為を増やしてきた。平成の象徴天皇像は社会のあり方に非常にマッチした。東日本大震災の被災地へのお見舞いでは、手を握り、苦楽を共にしてくれる天皇によって、被災者の気持ちは和らいだ。これこそが、象徴的な出来事だ。

私たちは象徴天皇とは何なのかを考えてこなかった。そこで今回、天皇は「国民も考えてほしい」と言われたのだと思う。国民は象徴天皇に「こうしてほしい」という意思は持っていなかった。これまで天皇は公的行為をある程度自分の裁量で決めることができたが、今後は国民の意思を反映した法律によって、限度を決めていいと思う。今まで象徴天皇の中身を議論しないままにきたので、象徴天皇制とは何なのか、象徴天皇にどういう仕事をしてほしいかについて検討したうえで、生前退位について決定すべきだ。

生前退位を認める場合は皇室典範を改正すべきだと思う。世論調査を見ると、ほとんどの国民が生前退位を認めている。これを踏まえ安倍政権は現在の天皇に限った生前退位を認める特別立法で対応しようとしている。しかし、象徴天皇制を長く続けるのであれば、男系だけでは維持できないので、女性天皇、女系天皇を認めざるを得ない。女性天皇容認などを含めた皇室典範の改正は、小泉内閣の時にも検討されたが、実現しなかった。安倍政権は生前退位を認める特別立法、皇室典範改正という2段階方式を装いながら、特別立法だけでガス抜きをするつもりではないか。女性天皇容認などの皇室典範改正はする気がないまま、議論だけを続けて終わるのではないかと危惧する。

生前退位を認める場合、退位した天皇は公務をしないと決めた方がいいだろう。退位した天皇が、被災者のお見舞いに行ったり、言葉を発したりした場合、天皇よりも退位した天皇が尊敬を集めたりする可能性がある。そのようなことになれば、二重構造になってしまい、摂政を置いた時と同じような状況が生じてしまう恐れがある。

また、天皇が今回映像でおことばを発したことがいいのかどうか、今後検討する必要がある。天皇の意思によって政治が動かないようにしているのは、戦前の反省を踏まえている。天皇の生前退位を望むお気持ちに対し、政府はきちんと対応してこなかった。このような政治の不作為があったので、天皇がやむにやまれずにおことばを発したのではないか。しかし、そうだとしても、天皇の意思から政治が動くことには問題がある。【聞き手・南恵太】

 

皇室への尊敬持ち英知を 櫻井よしこ・ジャーナリスト

8月の天皇陛下の「おことば」の率直さに驚いた。陛下のご意思は宮内庁や政府を通して発表されるものと思っていたが、陛下ご自身がご自分のお考えと皇室のありようについての要望を国民に直接語りかけられた。そのことについて考えざるをえなかった。

国民の多くが両陛下に尊敬の念を抱いている。圧倒的多数がおことばの通りにして差しあげるべきだと答えたのはそうした尊敬の念の自然な発露だろう。

おことばに関して昭和天皇と比べるとどうか。昭和天皇は張作霖爆殺事件に関して田中義一内閣に怒りをぶつけて辞任を求めた。そのことを独白録の中で「若気の至りである」と回顧されている。その後は立憲君主としての矩(のり)を守ることに心を砕かれた。またご成婚後に四方の内親王が生まれた時、「養子の制度を認める可否」を元老にご下問なさった。男系男子に皇位を継承するという伝統的な皇室のあり方に心を配られたのだ。皇室のあり方をご自分の都合で変えてはいけないという思いが強かったのだと思う。そうした点で今上陛下のお気持ち表明について、考えさせられる点もある。今回の「おことば」については、国民の一人としてかなえて差しあげたいという思いと、長い歴史を引き継ぐ日本人の末裔(まつえい)の一人として先人たちが守ってきた伝統を守るのも大切だという、相対する感情を抱いている。

今回、政府はこの難しい問題への対応として有識者会議を始める。国の基となる皇室のあり方に関わることだから慎重に深く考えるべきだ。大日本帝国憲法は伊藤博文たちが苦労して研究し、1889(明治22)年に公布された。皇室典範もこの時にできた。日本の求心力である皇室のあり方を変えるには、深い知識と何よりも皇室への尊敬と愛情を持った人々の英知が不可欠だ。今会議のメンバーには皇室の専門家がいるのだろうか。それぞれの分野で立派な業績のある方ばかりであろうが、皇室の専門性となると心もとない。

2005年の小泉政権の有識者会議は意図的に女系天皇論の方たちを中心に据えて、結論ありきだったように感じた。今回は特定の意図は感じないが、皇室の専門家がいないのではないか。安倍晋三首相は「幅広い意見を聞く」と言っており、多くの人がヒアリングに呼ばれるだろうが、皇室や古代からの歴史の専門家を必ず参加させ、その知恵を重視すべきだと思う。

譲位(生前退位)実現に皇室典範の改正が必要か否かも慎重に考えたい。退位後の称号やお住まい、後に続く皇位継承者に関する事案でも、課題は多いが、これらを限られた時間で全部扱おうとすれば、不十分な議論で終わりかねない。皇室典範を改正するのなら、皇位継承の安定化のために、皇族を増やしていく具体策の提示まで念頭に置く考え方が後々のためにはいい。大河の流れのような皇室の存在は大切に守りたい。

戦後日本の仕組みは憲法も含めて大幅な見直しが必要だが、その際は賢く深く考えた対処が大事だ。きちんとしたところまで時間をかけて英知を結集するのが国家の責任だ。【聞き手・森忠彦】


初会合は17日

「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」のメンバーは、今井敬・経団連名誉会長▽小幡(おばた)純子・上智大法科大学院教授▽清家(せいけ)篤・慶応義塾長▽御厨(みくりや)貴・東京大名誉教授▽宮崎緑・千葉商科大教授▽山内昌之・東京大名誉教授。皇室制度をめぐっては、小泉純一郎内閣当時、首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が設置され、2005年11月にまとめた報告書は、女性・女系天皇の容認を提言した。


■人物略歴

ほさか・まさやす  1939年、札幌市生まれ。同志社大文学部卒。2004年、個人誌「昭和史講座」などの昭和史研究で菊池寛賞。「あの戦争は何だったのか」「安倍首相の『歴史観』を問う」など著書多数。

かわにし・ひでや  1977年生まれ。名古屋大大学院博士後期課程修了。京都大助教などを経て、2014年から現職。専門は日本近現代史。著書に「『象徴天皇』の戦後史」「明仁天皇と戦後日本」など。

 

天皇退位と憲法問題へ

防衛大臣の癇に障る発言は、Macharを「マーシャル」と何回も答弁するのを聞いて、かなり限界に達した。海外でのPKO活動を「指揮」する人に全くふさわしくない、言語感覚・国際感覚のない人だ。

Sudanは「スダーン」だけど、スーダンでもよい。でも、いかにもアフリカの名前Macharさんを欧米風「Marshall」と言ったら、当のMacharさんが怒るというもの。

at-the-entrance

 

心配なのは、友達だったAnthony Makanaだ。一時、南スダン政府の交通・道路建設相だった。このごろはどこにも姿が見えない。優しかったAnthony、あなたは無事なの?  ⇒Anthonyがいた!あの人は不死身、しかも笑っている!

<AL JAZEERAより>

South Sudan’s Riek Machar in Khartoum for medical care

South Sudan opposition leader will remain in Sudan’s capital for medical treatment, the Sudanese government says.

 こんな風貌の人だった。
File photo: South Sudan’s Riek Machar [Jok Solomun/Reuters]

South Sudan opposition leader Riek Machar has arrived in Khartoum for medical treatment, according to Sudanese officials, days after fleeing to the Democratic Republic of Congo following deadly clashes last month.

“Sudan has received, lately, Dr Riek Machar, for pure humanitarian reasons, especially his need for treatment and medical care,” Sudan’s Information Minister Ahmed Bilal Osman said on Tuesday.

“Dr Riek Machar’s health is stable currently and he will remain in the country under comprehensive healthcare until he leaves for a destination of his choice,” Osman told state media.

Hundreds died last month – and tens of thousands were displaced – when forces loyal to Machar clashed with President Salva Kiir’s government troops in South Sudan’s capital, Juba.

South Sudan violence raises fears of war

Following the fierce fighting, Machar withdrew to the bush with his forces and was later replaced as vice president by party rival Taban Deng Gai.

Sudan’s announcement of Machar’s presence in the Sudanese capital on Tuesday comes just a day after Deng wrapped up his first official visit to Khartoum.

Aides of Marchar confirmed last week that he had left South Sudan and was in the neighbouring Democratic Republic of Congo. It was also reported that Machar had a leg injury, though it was not believed to be serious.

South Sudan was founded with optimistic celebrations in the capital on July 9, 2011, after it gained independence from Sudan in a referendum that passed with nearly 100 percent of the vote.

Two years later, a brutal civil war broke out between supporters of newly-formed South Sudan’s President Kiir and Machar. The two sides reached a peace deal in 2015, under which Machar returned to Juba to resume his role as vice president, but last month’s fighting threatened to send the country back to all-out civil war.

The UN Security Council voted on Friday to authorise sending an extra 4,000 troops to the country to bolster the existing UN mission.

South Sudan officials said they were considering the UN proposal. 

 

·         稲田防衛大臣問題に堕した南スーダンPKO問題

·         室伏謙一 2016年10月14日·          

南スーダンPKOに派遣される自衛隊の部隊、平和安全法制施行後、同法制で新設されたいわゆる「駆け付け警護」が初めて任務として付加されることに注目が集まっていたが、ここへきて「駆け付け警護」任務付与が先送りされる方向となってきた。

 この件について、平和安全法制に反対の立場の野党側は、派遣された自衛官のリスクが高まり、危険に晒されることになること、特に現在の南スーダンの状況に鑑みその可能性が極めて高いこと等を理由として反対の論陣を張っている。

 これに対する政府、特に本件を担当する稲田防衛大臣の答弁は、新たな任務を付加してもリスクは高まらないといったことを繰り返す程度であることに加え、現地反政府勢力のトップの名前の読み方を繰り返し間違える(「マシャール」を「マーシャル」)といったように、不安を増すことはあっても安全であることに確信を持てるような内容とはほど遠いもの。

 こうした対応を奇貨としたのか、野党側は稲田大臣の過去の様々な発言や発信まで持ち出して、辞任に追い込もうとするかのように攻勢を強めている。

 そもそも、PKOに派遣された自衛官の武器の使用は、改正前のPKO法において、自衛のための最小限の範囲で認められていた。昨年の改正により、使用できる条件が拡大された訳であるが、武器を使用しなければならない状況に遭遇すれば威嚇だけでどうにかなるとは限らず、攻撃してくる相手方を殺傷せざるをえなくなる可能性も否定できない。そうなれば、逆に発砲した自衛官に対して報復の攻撃が加えられる可能性さえある。

 つまるところ、なにがしかの武力攻撃が反政府勢力なりから加えられるような状況があれば、形式上関係勢力間に停戦や武力の使用の停止の合意がなされていても、実質的にはそれがないに等しいのであり、武器の使用云々以前にリスクは高いと言えるのではないか。

 では、肝心の南スーダンの状況はと言えば、国連南スーダン派遣団(UNMISS)が各地で頻発するようになった武力衝突や一般市民をも巻き込んだ暴力の使用に憂慮を表明しているような状況。(その旨の声明を10月12日付で発表。)既に死傷者が出ており、今後この状態が治る可能性は低いと言わざるをえないだろう。

 そうした現状に鑑みれば、稲田大臣が現地の状況を「法律上の戦闘行為ではなく、衝突」と形容したり、「比較的落ち着いている」との認識を示したりするのは、呆れるのを通り越して、この方で防衛大臣は大丈夫か?と心配にさえなる。

 ここまでくると、野党でなくとも稲田大臣の防衛大臣としての資質を疑いたくなる。閣僚たるもの、所管分野の専門家ではなくとも、ツボを押さえて的確に対応、答弁できて当たり前。このところ閣僚にはなったもののまともに答弁できず、審議の混乱を招いた人材は毎挙にいとまがない。総理候補とまで言われた稲田氏。まさかこの人までがといったところだろうか。

 これ以上稲田氏に大臣として本件への対応・答弁を続けさせるのは、端的に言って酷ではないだろうか。酷というのは本人にとってのみならず、振り回される現地の自衛官や防衛省の担当職員にとっても、である。

 斯くなる上は大臣の交替、というのは当然ありうる話として、現地の情勢も踏まえつつ、適任の者が選任されるまで派遣部隊の一時撤収というのも検討すべきであろう。(まあ、その後現地の武力衝突が激しさを増せば、再派遣どころではなくなるだろうが。)

 南スーダンPKO問題、既に現地のリスク云々の問題ではなく、稲田氏の大臣としての資質問題に堕してしまった。

「法的な意味における戦闘行為ではなく衝突だ」〜安倍政権よ、こういうトンチンカンな答弁を国会にて堂々としてはいけない

·         木走正水 2016年10月12日·          

 さて洋の東西を問わず、戦争・戦闘行為としては、隣国との国際的紛争・戦争に比較してもその物的・人的損害が侮れないのが、国内に閉じた戦争・戦闘行為としての内戦であります。

 自国人どうしの争いである「内戦」はときに国際紛争よりも長期戦の様相を呈し深刻な損害をもたらすわけです。

 例えばアメリカ。

 アメリカは近代戦に於いて自国の存亡を賭けた総力戦というのを国際紛争で実は経験したことがありません。

 第二次世界大戦ですらアメリカ本土に上陸され他国の軍隊に国土を蹂躙された経験を持ちません。(日本軍の真珠湾奇襲攻撃やアリューシャン島嶼占領など一部の例外を除いてです)

 近代戦に於いてアメリカ軍は負けを知らず、唯一の「悪い戦争」であるベトナム戦争においても戦場はいつも相手国であり、戦死者の数はいつも相手国のほうがアメリカよりも一桁(場合によっては2桁)多い有利な戦争しかしていません。

 太平洋戦争に於いても民間を含めて300万を数える犠牲者を出し文字通り自国の存亡を賭けた総力戦に敗れた日本ですが、アメリカ側の太平洋方面の戦死者は日本の10分の1以下の十数万人(ヨーロッパ戦線などを含めての全体では約40万人)にとどまっています。

 2011年に退却したイラク戦争においても派兵16万8千人に対し死者総数は4千5百人です、イラク側の死者数が軍民合わせて50万人以上出ていますから、ここでも犠牲者数では完全に非対称な戦争になっています。

 実は独立以来の近代においてアメリカにとって史上最大の戦没者を出したのは、62万8千人の犠牲者を出したアメリカ史上唯一国内が戦場になった内戦である1860年の「南北戦争」までさかのぼらなければなりません。

 国際紛争・他国との戦争行為に比較して、国内紛争・自国人どうしの「内戦」は決して戦闘行為としては小規模でも被害が小さいわけでもないし、むしろ「内戦」によっては、自国人どうしの戦いが余計な殺戮を繰り返すといった悪循環さえ有してしまうケースも少なからずあるわけです。 ・・・

 さて、国会にて南スーダン・ジュバで7月に起きた大規模な戦闘について、稲田防衛相および安倍首相がなんともトンチンカンな答弁を繰り返しました。

 「法的な意味における戦闘行為ではなく、衝突だ」(稲田防衛相)

 「戦闘行為とは、国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷しまたはモノを破壊する行為だ。こういった意味における戦闘行為ではないと思う」(稲田防衛相)

 「『戦闘行為』ではなかった」(安倍首相)

 「武器をつかって殺傷、あるいはモノを破壊する行為はあった。大野さんの解釈として『戦闘』で捉えられるだろうと思うが、我々はいわば勢力と勢力がぶつかったという表現を使っている」(安倍首相)

 うむ、「戦闘行為」=「国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷しまたはモノを破壊する行為」と定義すれば、今回の南スーダンの大規模な紛争は国際的ではなくいわば南スーダンに閉じた「内乱」だから、これは「戦闘」ではなく「衝突」であると。

  「『戦闘行為』ではなかった」(安倍首相)、と。

 

安倍首相「戦闘ではなく衝突」 ジュバの大規模戦闘
2016年10月11日13時37分
http://www.asahi.com/articles/ASJBC43CHJBCUTFK00C.html

 こう言うトンチンカンな答弁を国会にて堂々としてはいけません。

 南スーダンで起こった大規模な紛争は、『戦闘行為』でなかったとかただの『衝突』だとか、遠く離れた安全な日本の国会で言葉遊びとも取れる言い逃れに終始するのは、まったくいただけません。

 「激しい戦闘行為」を「単なる衝突」とただ表現を変える、このような小学生でも理解できるような詭弁を弄しても国民は納得しないでしょう。

 これは確かに国際紛争というよりも南スーダン国内の「内戦」の様相を呈しています、しかしだからといってそれは事態が「戦闘行為」よりもより安全な局地的「衝突」であると意味するものではありません、そもそも「内戦」だから安全などと言えるはずもありません。

 本件での安倍政権の言ってることはまったくトンチンカンなのであります。

 当ブログは安倍政権の外交政策・防衛政策を基本的に支持しているものですが、このような低レベルのごまかしは認めることはできません。

それでも南スーダンの「安全確保」を語る防衛大臣

·         志村建世2016年10月12日·      

 防衛省のホームページによると、南スーダンは2011年に独立したばかりの世界で最も新しい国である。アフリカ大陸中央東部の内陸国で、面積は日本の1.7倍ある。ここに日本から約350名の自衛隊が派遣されていて、道路や難民保護施設の建設、警備などに当っている。この自衛隊に交代の部隊を派遣するについて、新しい任務の「駆けつけ警護」を付与することを政府は予定しているようだ。

 この下準備として現地の視察に行った稲田朋美防衛大臣は、今月8日に首都ジュバにある陸上自衛隊の宿営地を訪れ、現地に7時間だけ滞在したと伝えられる。たまたまその日には近郊の道路で、バスとトラックがそれぞれ武装勢力に襲われる2つの事件があり、市民21名が死亡し、複数名が拉致されたということだ。周辺国には反政府勢力が逃れていて、武力での抵抗を呼びかけている。

 それでも帰国した稲田防衛大臣は、昨日の参議院予算委員会で「ジュバの状況は落ち着いている」と強調して判断を変えなかった。さらにジュバでは今年の7月に、数百人が死亡する本格的な戦闘が行われたのだが、それについても「あれは『戦闘』ではなく『衝突』だった」と説明し、そこに安倍首相も参加して政府が定義する「戦闘行為」には当らないとの認識を示した。政府軍と反政府武装勢力が数百人の死者を出すほどの戦闘をしても、単なる衝突だという言葉ゲームのような答弁で押し通したわけだ。

 これは中国で戦線を拡大しながら宣戦布告もせず、「戦争ではなく『事変』に過ぎない」と言いつづけた、かつての大本営・大日本帝国政府の発想と酷似している。国策が何よりも上位にきて、すべての現象を政府の都合に合わせ、呼び名を変えてでも押し通そうとする。今回は自衛隊の派遣継続が至上の命題になっていて、そこに「駆けつけ警護付与」の思惑も重なっているわけだ。自衛隊を国威発揚の道具として、世界に出して行こうとしている。

 南スーダンの現状については信頼できる情報は少ないのだが、新興国に特有の国民感情として、国連のPKO活動そのものへの反感も芽生えているという話もある。そして国連PKOの運用も、必要な場合の武力行使を容認する方向のようだ。こういう場所に、こういう時期に派遣される自衛隊員の身の上が心配になる。隊員は宣誓して命令に従う義務を負っているのだ。政府の責任は重い。

 稲田大臣は「隊員の安全確保を全力で守り抜く覚悟だ」と答弁したそうだが、どんな覚悟をしたのか。自分は安全な大臣室にいて、派遣先で起こるかもしれない不測の事態に身をさらす隊員の安全を、どうやって守り抜くことができるのか。何千キロも離れた戦場に部隊を置き去りにして、援軍も補給も送らずに「必勝の信念で戦い抜け」と電報だけ送っていた、帝国大本営の高級参謀たちの姿が、重なって見えてくる。

軍事費を子ども手当の上に置く稲田防衛相 安倍総理の姿勢そのものだ

·         猪野 亨 2016年10月06日·          

 軍事費と子ども手当はどちらを優先しますか。
 財源に限りがある以上、子ども手当です。軍事費など国力に見合った程度にすればよろしい。国民に耐久生活を強いてまで軍事費を膨張させなければならない必要性は毛頭ありません。
 稲田防衛相は、かつて自民党が野党時代に、子ども手当に回すカネがあるなら軍事費に使えなどと述べていたことが追求されました。

蓮舫代表、憲法論戦迫る 首相、見解避ける 参院予算委」(朝日新聞2016年10月5日)
「蓮舫氏は月刊誌「正論」(2011年3月号)で稲田氏が「子ども手当分を防衛費にそっくり回せば、軍事費の国際水準に近づきます」とした発言を問題視。「野党時代に言ったことは何でも関係ないということか」と批判した。
 稲田氏は「財源のない子ども手当を付けるぐらいなら軍事費を増やすべきではないかと申し上げた」と説明。」

 この問題は財源の問題ではなく、稲田氏の答弁は、明らかにすり替えています。
 財源がないのであれば軍事費だって増やせません。
 稲田氏ははっきりと、軍事費か子ども手当を選ぶのかというわかりやすい説明をすべきと述べています。
 当時の日米同盟は民主党政権下でガタガタだったからなどと答弁をしていますが、当時のガタガタと今の安倍政権の下で「強固」になったとはどの程度、異なるのかも疑問ですが、そもそも稲田氏の軍事費を国際水準にすべきという主張からは日米同盟がどうこうという問題ではなく、要は自前の国軍を持ちたいという願望なのです。
 何よりも、答弁のときですら「軍事費」と言ってしまうのは、普段からそのような発想なのでしょう。安倍総理も自衛隊を「我が軍」と呼び、本音をさらしましたが同じことです。
 稲田防衛相は、子ども手当よりも軍事費を増やすべきという姿勢を示したということでもあります。

この悔し涙を明日の軍事費につなげたい!

  これは決して過去の話ではないということです。過去にこのような発言をし、靖国神社に参拝し、それが適わずそれを言動不一致で追求されて涙する人物だからこそ、安倍氏によって防衛相に抜擢されたのです。
 南スーダンに出兵を前にしているからこその人事なのです。世界に向けて好戦内閣であることを宣言したのと同じ意味があったのです。
 そうしたら米国から靖国参拝について釘を刺されてしまい、出鼻をくじかれてしまった構図です。
 仕方なくジブチに「公務」と称して逃亡しただけですから、最初から危うい人事でした。

 子ども手当よりも軍事費を最優先、安倍氏の姿勢そのものを体現したのが稲田防衛相起用です。

天皇退位と憲法問題Cover へ

Top Pageへ

Designed using Brigsby Premium. Powered by WordPress.