長い冬―ローラ物語〈1〉 (岩波少年文庫) (日本語) 単行本 – 2000/6/16  

ローラ・インガルス・ワイルダー (著), ガース・ウィリアムズ (イラスト), ローラたちの一家が住む大草原の小さな町を、長く、厳しい冬がおそう。大自然とたたかいながら、家族のきずなを深め、力強く生きていったアメリカ開拓期の人々の生活をいきいきと描く。

この表紙だったような気がします。
天気や動物を見て冬の厳しさを知る

物語は夏に、ローラとお父さんが干し草狩りをしているところから始まります。インガルス一家にはお父さんとお母さんの他に、長女のメアリ、ローラ、キャリー、グレイスの四人娘がいます。幸せに暮らす一家なのですが、その年はジャコウネズミがいつもと違う巣を作ったり、季節外れの大嵐が来たりして様子が違います。

お話の中では10月くらいから雪が降り始め、終わりは5月ですから、7−8ヶ月氷点下で雪が吹きすさぶ冬が続いたということになります。

大草原と猛吹雪

アメリカの中西部には勾配があまりありません。夏はどこまでも広がる大草原と森の中に突っ切るまっすぐな高速道路をラジオを聴きながら走るのが最高なのですが、冬になると話は全然別です。風や大気を遮る山がないため、風がまっしぐらにやって来て吹雪がなんども訪れます。道は凍り、運転するとスリップしてしまい・・・と、現代は現代で大変ですが、それでも汽車が止まったり、外界との接触が切れてしまうというのはほとんどありえないことなので、生きていくのが困難になるということはあまり考えられません。

しかし、西部開拓時代には一度汽車が止まってしまえば、物資はやって来ません。物語の中で平和に暮らしている時に出てくる食べ物はかぼちゃのパイや七面鳥などとても美味しそうなのですが、冬の最中は黒パンにじゃがいも、紅茶を毎日食べ、飢えそうになりながらやっとのことで命をつなぎます。しかも吹雪が一度来てしまうと周りが全く見えなくなってしまい、外に出られなくなってしまいます。本当に過酷。その中でも家族が力を合わせて知恵を絞り暮らしていく様子がとても印象的です。

前向きに生きること

小説の中の冬は本当に過酷で、気持ちも滅入ってしまうんではないかと思うんですが、登場人物たちの前向きさには学ばされます。

The Long Winter

(Little House #6)

by Laura Ingalls WilderGarth Williams (Illustrator) 4.14   On the empty winter prairie, gray clouds to the northwest meant only one thing: a blizzard was seconds away. The first blizzard came in October. It snowed almost without stopping until April. The temperature dropped to forty below. Snow reached the roof-tops. And no trains could get through with food and coal. The townspeople began to starve. The Ingalls family barely lived through that winter. And Almanzo Wilder knew he would have to risk his life to save the town

松本侑子さん 2020年3月
●「女性のひろば」2020年4月号

 連載「生きる喜び、読む喜び」第28回
 『長い冬』ローラ・インガルス・ワイルダー著、谷口由美子訳、岩波少年文庫
 アメリカ、サウス・ダコタ州デ・スメットの写真2点


I was really a book worm.

私が子供だった頃

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「あの」懐かしい花に一番似ているアズマイチゲの鉢植えを先日行った那須町で買いました。山奥に咲く花が都会で咲くとは思えませんでしたが、北鎌倉の家は古く、昔からの野草が生えていましたので、以前二輪草が生えていた場所なら根付くかもしれないと思ったのです。
なので、一緒に二輪草の鉢植えも買い、4月8日に、庭の珊瑚樹の下に、枯葉と雑草を少し取り除いて、でもなるべく自然のまま(のように)にして植えました。
すぐ次の日にでも見には行かないのが私流(?)ですが、今日行ってみたら、しっかり根付いていました。二輪草などは、植えたときに手折れてしまった3枚の葉が、細い茎を折ったまま、葉っぱだけ上向きに太陽を見ているのに、びっくり、感動しました。やっぱり二輪草さんの場所だったようです。
今年はもう期待できないけど来年咲いてくれるのが楽しみでなりません。アズマイチゲさんにもきっと咲いてもらいたいです。
 4/8(植栽直後)
 (すみれも咲いていた)
 4/12  

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冬の花、ナンテン

2012年12月13日

冬の庭は雪に埋もれ、庭の木は「雪囲い」に巻かれて見えなくなっていました。

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でも、玄関脇の植え込みにあった丈の低いナンテンは、冬になってもそのままでした。ナンテンは、葉が小さく、雪を払うようにできていたのでしょうか?

だから、冬の思い出はナンテン。赤い実と赤い葉が、冬の白一色の風景を少しだけ和らげていました。冬は、ほかには葉ボタンぐらいしか鑑賞する花もなく、あとは、山から春風が吹き、フキノトウが雪の中から顔を出し、ユキヤナギが芽吹くのを待つのです。
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菊の里に生まれました

2012年9月27日

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大輪の菊(南陽市「菊祭り2012」)にて撮影

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秋に開かれる「菊まつり」。祭りのイベント「菊花展」と「菊人形展」は毎年の秋の楽しみでした。
「菊まつり」の日は親戚中が集まり、「菊見だんご」を食べながらのんびりと秋の一日を過ごしました。

菊は各家庭で育てられます。私が小さい頃、父も庭に大きな、3段か4段ぐらいの棚を作り、たくさんの懸崖種を育てていました。「菊花展」に出展する予定はなかったようですが、父は毎朝仕事に出かける前に大切そうに手入れをしていました。あまり趣味というようなものがなかった父の、唯一の趣味のようでした。

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(南陽市「菊祭り2012」)

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菊人形(南陽市「菊祭り2012」)

“菊人形研究家”川井ゆうさんの本の紹介記事はこちら

ひと組5本の菊花を、品評会の”その日”に合わせて一斉に咲きそろうよう、工夫に工夫を重ねるのだそうです。伝統の技術に、育てる人の愛情が感じられる菊花展です。何十年変わらず、人形の古典的なお顔もそのまま、「菊見だんご」も健在です。

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 父の好きなものは「山」でした。小さい頃から所有地の森の手入れが得意で好きだったとのこと。
後年「どこかいきたいところある?」と尋ねると「山(森)を見に行きたい」という人でした。
でも一度だけ、美しい萩の花が咲く「萩寺」(はぎ公園)へ行ったことがありました。ちょっと
意外で、今思うと花も好きだったのだなぁと、懐かしく思い出します。

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秋を感じる野の花、ノギク

2012年12月12日


秋には野原や道端に白や黄、うすい紫の菊がたくさん咲いていました。でも花そのものへの印象はあまり強くありませんでした。

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それでもノギクが好きなのは、私が子どもの頃大好きだった歌が「野菊」(歌詞pdf)だったから。ふるさとを離れても折に触れて思い出す歌です。
それから、伊藤左千夫の小説『野菊の墓』も大好きな小説でした。

今では大好きなはな、野菊。あまり訪れる人のいない西鎌倉の青蓮寺には、うすむらさきの野菊が美しく咲きます。私のホームページを飾る写真が、2010年秋、青蓮寺で撮った「ノギク」(上)です。

「野菊」という花の名前はなくて、」ノコンギク、カントウヨメナとかの総称と聞きましたが、野に咲く花だから「野菊」。踏まれても、そっと背を伸ばすような強さと、秋の空の寂しさと。。。
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こどものころ、遠くまで友達とヤマグリを拾いにでかけたものです。私の収穫はいつも少なくて悲しい思いをしました。でもヤマグリは小さくてもとっても甘く、秋の香りがしました。

「風が吹いたら飛び降りるんだ!」クリの兄弟の話

2012年12月13日

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小学校1年生のとき、大きな書道展で『特選』をとった時のテキストの初めの部分が、
この「かぜがふいたら とびおりるんだ」でした。

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学校の教室にひとり残って、先生の指導で幾日も練習しました。原稿用紙に鉛筆で 「かぜがふいたら・・・・」と一文字ずつゆっくり、ゆっくり、大きな文字で書きました。

その書道展の作品が自分の小学校へ廻ってきたときは、誇らしくてうれしく、今でもよく覚えています。次の年も特選でしたが、どんな文章だったか、そちらの記憶は全くありません。
(あとで母が残したものがありました。copyAkemiPicCompo3.JPGこちらだったようです。)


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このお話の続きは??

クリの兄弟は、クリのお父さんの声に励まされ、ある秋の風の強い晴れた日に、友達と一斉に地上にとびおりました。そして子どもたちに拾われ、喜んでもらったのです。
勇敢なクリの兄弟。自分の運命に逆らわず、だれかに喜んでもらえることがうれしくて、自分をはげまして行動するお話です。

 
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夏の朝、そっと咲くうす青色のアサガオの花

2012年12月8日

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夏でも、朝はまだ空気もひんやりとしていて、陽が昇る前から一斉に咲くアサガオは、夏の楽しみでした。

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青い花のアサガオが多くありましたが、中にはピンクや紫、そう、いろんな色と形の紫のアサガオも咲いていました。

夏の朝といえば、思い出すのは、夏休みの間なら着替えてラジオ体操、アサガオの「観察」、顔を洗って朝ごはん、その後は毎日必ずお茶を飲みに来る前の家のご主人の話を聞くともなく聞いたり・・・。

昼間は勉強やマンガ、近所の友達と遊んで・・、夕方は廊下の拭き掃除、お風呂の水の用意、夕ご飯、外でおいしいトウモロコシを焼いて食べたり、晴れた夜空の☆☆☆を見たりしました。「北斗七星」「北極星」「天の川」・・・、父が教えてくれました。

アサガオが咲く季節の思い出です。

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夏の庭はピンクの大輪のダリアがいっぱいでした。

 

2012年12月3日

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何といっても大きかった。私の背よりもずっと高いところに豪華に、もっといえば豪快に咲いていました!

 

ダリアは花壇の中央部に相当な区画をもち、その中で一番本数が多いのがピンクの大輪のダリアでした。理由は簡単。花壇の管理者の母が「何といっても、このピンクが一番好き」と言ってたから。
そのピンクのダリアはとても強く、次々に花を付けるので、家中の花瓶にもそのピンクの大輪が切り花になり増殖し(?)夏は家の中も外もピンクのダリアでした。

そのほかにも、小ぶりの真紅のもの、中ぐらいの黄色のダリア、八重の花弁、もっとシンプルな涼しげなダリアなど、たくさん咲いていました。

花が大好きだった母が、額に大粒の汗を浮かべながら一生懸命手入れをしていました。その背中を思い出します。
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