[山吹の立ちよそひたる・・・・道の知らなく」 高市皇子

鎌倉の家に置いてある古い岩波文庫 「万葉秀歌」(斎藤茂吉)でふと目にした歌の最後の句に目がくぎづけになった。その”道の知らなく”のあてどない語感、寂しさ、深さ、静けさに。

 

★ 山吹の 立ちよそひたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく ★

 

158;挽歌,作者:高市皇子,十市皇女,難訓,

[題詞](十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首)

[原文] 山振之  立儀足  山清水  酌尓雖行  道之白鳴

 

詞書・・十市皇女(とおちのひめみこ)の亡くなれた時、高市皇子の詠まれた挽歌。

意味・・山吹の花がまわりを飾っている山清水を、汲みに行きたいと思うけれど、そこまでの道が分らないことである。

亡き人のいく所を黄泉と書き、そのまま、こうせんとも読み、よみとも読む。山吹の色の黄と、山清水の泉で、この黄泉を暗示している。
高市の皇子はイメージに描く。十市の皇女の魂は、今頃どこをさまよっているのか。山吹咲く泉のほとり。それは、うら若い女性の行き場所としてふさわしい。自分もあとを訪ねて、そこまで行きたい。山吹に照り映えて、そこにたたずむ皇女の姿ははっきり見えるが、泉にたどりつく道は、深い霧につつまれたように見えない。

<斎藤茂吉の解釈>

 

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