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Ryges Kensington at Glocester Road,(Nov 3,4)  グロスターロード駅から1分の地の利はありましたが、ホテルは「普通」でした。Holton Yotk, (Nov 5,6) はクリフォードタワーが眼前!食事もおいしくGood. Royal Garden Hotel at Kensington, (Nov 7) は豪華ホテルで満足!特に、窓からケンジントン宮殿が良く見えたのには感激でした。

食事はどこもおいしく、「イギリスはまずい」は死語となりつつあります。

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Trip To London Coverへ

友人たちに会いにロンドン、ヨークへ。大切な友人Annとのうれしい再会。小さいAdriは大都会に興奮気味。ずっと会わなかった英国の友人とも連絡が取れ、12年前に通ったヨーク大学の広いキャンパスを歩くこともできました。大切なヨークシャーの恩人をHelmsleyのご自宅に訪ねる時Yorkshire Daleに大きな虹がかかりました。帰りのMolton駅ではこの旅で一番心が動いた瞬間があり、思い出いっぱいの旅でした。

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国民主権のもと、国民が選挙を通じ、政治家を介する形で、正しくロボットに入力していくという構図” って何だろう?

天皇の「お言葉」、憲法学者ら考察 樋口陽一さん・石川健治さん

2016年11月2日 (朝日新聞)

 著名な憲法学者らが、先人の憲法解釈を引きながら天皇の「お言葉」問題を論じている。憲法学界の重鎮の樋口陽一・東京大名誉教授は天皇と政治の関係について講演会で、石川健治・東京大教授は専門誌で「象徴」について考察した。

東京であった「加藤周一記念講演会」に講師として樋口さんは登場。司会者から天皇の退位問題へのコメントを求められ、戦前から戦後にかけて活躍した憲法学者・宮澤俊義(故人)の憲法解釈を紹介した。

天皇には政治的権能がなく、その行為には内閣の助言と承認を必要とするとした新憲法のもとで、天皇は「ロボット」的な存在なのだと宮澤は説明していた。宮澤があえてその言葉を使った背景には戦後の象徴天皇制に関する「健康な構図」のイメージがあった、と樋口さんは語った。国民主権のもと、国民が選挙を通じ、政治家を介する形で、正しくロボットに入力していくという構図だ。

「しかし実際はどうか」と樋口さんは、2013年に政府(安倍政権)が開催した「主権回復の日」式典に言及。「国論が分裂する中、沖縄県知事があえて欠席するような集会に天皇・皇后両陛下を引き出して、最後には(天皇陛下)万歳三唱を唱和した」と批判し、「いまだに日本国民は、宮澤先生の言った正しい意味での『ロボットへの入力』をすることができないでいる」と述べた。

続きはこちら;

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東京新聞の若い人の意見コーナーに、こんな素直な発言があった。

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天皇退位と憲法問題のページへ

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「手づくり」といえばきれいだけど大慌ての会場整備、2スクリーンの映写もいまいち、でも大勢の参加者で私としては大成功だったと思う。混声合唱団の演奏がイベントを引き立てたし、展示も6社(団体)となり、多くの高校生や大学生の来訪があった。働く若い人の手際よさにも感動、と同時に自分の「老い」も自覚した日だった。

Simonがおとなしく見てたあと「あ~ぁ、長かった、やっと終わった!」と叫ぶハプニングもあったけど、みんなで私を助けてくれた,ありがと!

私の最後の仕事として残る(ハズtiger-gateの)記念のアルバム; sarahpa290039

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 混声合唱団の23人:麗しい歌声を響かせた。定期演奏会ではoperaに再挑戦!
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YCU Square

The day before the event

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今年の最大のできごとのひとつ、大イベント。準備が大変という意味で。できる限りの知恵と知識と人脈と度胸と図々しさとを寄せ集めて頑張った。SNSの力もあるけど、それとは反対の、ご近所やいつも通っているお店の人に率直にお願いしてみることなど、なんでもやってみた。今日、準備がほぼ終わっての帰り道、思わず出た言葉が「楽しかった!」だ。まだ終わってないのに・・・。大変だったけど楽しかった。

 

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地区センター、図書館、区役所、国際交流ラウンジ、八景小、金沢郵便局、逗子,鎌倉の活動センター、近所の商店・レストラン、八雲さん、病院も…、ほんと全部回った、疲れた。でのポスターをすぐ貼ってもらったりすると嬉しかった。営業の人なんて、これを何年も何十年もするのだ。ホントに大変だと思った。

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鎌倉生涯学習センターkanazawachikucenter mitsumoto-coffee park-heitz ycu-info

 

 

 

 

 

 

 

忙しくしている間に秋が深まっていた。

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   浜大祭が始まった。今日は曇りのち雨でかわいそう。

 

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皇室の危機を回避する

河野太郎2016年10月19日 22:49

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我が国の皇室は、かつてない存続の危機に瀕している。

天皇陛下より若い皇族男子は、皇太子殿下、秋篠宮文仁親王殿下、秋篠宮悠仁親王殿下の3人しかいらっしゃらない。将来、悠仁親王家に男子がお生まれにならなければ、男系の皇統が絶えることになる。

たしかに我が国の皇室は男系を貫いてきた。しかし、男系天皇を維持することができるかどうかは、このままいけば確率の問題になってしまう。

 

一、男系の維持をいかに図るか

今後とも男系天皇を維持すべしという意見がある。しかし、言うのは簡単だが、現実は容易ではない。今後とも、男系を維持するのが好ましいとして、いかにして男系を維持することができるだろうか。

ア 旧皇族男子を皇族の内親王殿下または女王殿下に婿入りさせる

戦後、皇籍離脱をした旧宮家の男子を現皇族の内親王殿下または女王殿下に婿入りさせ、宮家を創設し、その男子を皇位継承の対象とするという方法が考えられる。特に、東久邇家には昭和天皇の内親王が嫁がれ、竹田家、朝香家、北白川家、東久邇家には明治天皇の内親王が嫁がれ、皇室との最近の縁戚関係もある。

しかし、内親王殿下、女王殿下にもご結婚の自由があり、ご結婚を強制することはできない

また、旧宮家は1430年に即位した後花園天皇の弟貞常親王の子孫であり、それ以来、600年近く、現皇室との間に男系の繋がりはなく、その男系が皇室を継ぐことが国民的に受け入れられるだろうか。また、仮に運よくこの方法で宮家が一つ、二つ増やせたとしても、継続的にできるわけではなく、男子が生まれる確率が多少高まるにすぎない。

イ 側室を復活させる

これまで男系が続いてきたのは、側室の存在が大きかったと言わざるを得ないが、国の象徴であり、国民に親しまれ、敬われる皇室ということを考えれば、また、国際的にみても、現代に側室を復活させるという選択は、現実的な選択肢とはなり得ない。

ウ 人工授精など科学的な方法を用いる

男系皇族の精子を保存し、人工授精するなどの科学的な方法が考えられなくもないが、卵子の提供や人工懐胎をどうするのか等、問題は多い。また、そのような皇室に、皇后にふさわしい女性が嫁いでこられるか、疑問が呈されるだろう。こうしたことを考えれば、男系天皇を維持すべしという議論は理解できるにしても、それを具体化するための現実的な、国民に広く受け入れられるような方法はどうするのだろうか。現実的であり、具体的な方法の議論なしに、男系天皇の維持を主張することは皇室の存続を危うくする。男系の維持を考慮するならば、国民に広く理解され、受け入れられる具体的な方法の提示が必要である。

 

二、男系、女系に関わらず皇室の維持を図るべき

男系の維持が困難であるならば、次善の策は、男系、女系に関わらず、皇室の維持を図るべきではないか。そのためには皇室典範を改正し、長男継承を長子継承に改めるべきではないか。その場合、親王殿下だけでなく、内親王殿下、女王殿下も宮家を創設し、継承順位に従って、天皇位を継承していくことになる。

たしかにこれまでの天皇家の歴史を変えることになるが、男系天皇を維持できない可能性が高く、その場合、皇統そのものが断絶することになり、その危機を回避するためには皇室のあり方を変えることもやむを得ないのではないか。

 

三、継承ルールの変更の議論を速やかに始める必要がある

今上天皇の生前退位の議論を優先し、継承ルールの変更を先送りすることはできない。今上天皇が生前譲位されて上皇になられ、皇太子殿下が即位された場合、長男継承が続くならば、秋篠宮文仁親王殿下が皇太弟となられ、長子継承ならば愛子内親王殿下が皇太子となられる。それまでに継承ルールの議論に結論を出すべきではないか。

悠仁親王殿下まで長男継承を続け、そこで皇室に男子がいなくなったからといって長子継承に切り替えるのは難しい。内親王殿下も女王殿下もそろそろご結婚の話が出てもおかしくないお年頃である。

現在の皇室典範ではご結婚された内親王殿下、女王殿下は皇籍を離脱されることを考えると、悠仁親王殿下まで長男継承としてしまうと、その時には皇室の女子がいなくなってしまう可能性もある。だから今上天皇の生前譲位までに皇位継承のルール変更をすべきである。

 

四、長子継承にするならば、天皇家の祭祀の変更が必要かどうか、確認する必要がある。

宮中祭祀の中には、新嘗祭や大嘗祭をはじめ、女性が祭祀を執り行うことができないとされているものがあると言われる。しかし、その理由は、女性の生理や出産を穢れととらえる意識によるものであり、現代社会にはなじまない。他方、宮内庁は、女性天皇が執り行うことができない祭祀はないと明言している。長子継承にするならば、この点を確認し、必要ならば祭祀を変更する必要がある。

 

五、宮内庁を改組すべき

このままでは皇室の存続の危機が訪れることがわかっていながら、これまで無為無策に終始した宮内庁の責任は厳しく問われなければならない。また、宮中祭祀や陵墓等の情報公開に後ろ向きで、皇室と国民との間に壁を作ってきたのも宮内庁に責任があると言わざるを得ない。

宮内庁を改組し、国事行為・公的行為等に関する事務を取り扱う組織、天皇・内廷、宮家の日常をお支えする組織、文化的、科学的な立場から天皇家の祭祀や歴史の維持を行う組織の三つに分割し、これまでの宮内庁の文化を一変する必要がある。

天皇陛下が、国民に対して語りかけられたお言葉は、皇室の存続に対する陛下の強い危機感のあらわれではなかったのか。お言葉を受けての議論を、生前退位の議論に矮小化してしまうことは、皇室の存続を危うくすることにもつながりかねず、この機会に皇室の安寧と弥栄のための議論を、広く国民を巻き込み、行うべきである。

 

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皇位継承問題について書いたところ、様々なご意見をいただいています。その中で気がついたことをいくつか。

私は、日本を日本たらしめているもの、つまり、日本と韓国、中国など他の国との違いは何かと問われれば、日本とは象徴である天皇陛下がいらっしゃり、日本語を話すところと答えます。

天皇陛下と日本語が、日本という国のかたちの中心にあると思います。ですから、私は、皇室の継承問題は非常に大きな課題だと考えてきました。

しかし、寄せられたご意見の中には、「なるようになる」「その時はその時」といったような、わりと軽く考えているようなものも少なからずあり、その数にショックを受けました。同時に、皇室と国民との間の距離を縮めてこなかったことを与党の一員として深く反省しなければならないと思います。

もう一つが、旧宮家に対する認識です。戦後、皇籍を離れた旧宮家のすべてが1430年に即位した後花園天皇の弟貞常親王の子孫であり、それ以来、600年近く、現皇室との間に男系の繋がりはないのだということを御存じない方も結構いらっしゃるようです。

「例えば明治天皇の御兄弟やいとこの子孫」などに男子はいませんし、それどころか、つまり、600年近くさかのぼったところで分かれた家系の子孫の男子が旧宮家なのです。

ただ、そんなに遡らなければ天皇の血を引く男子はいないのですか、と問われると、家系的にはもっと近い男子もいます。ただし、皇族ではありません。

俗称で、「皇別摂家」といわれる家系があります。藤原氏の嫡流で、摂政・関白に昇任することができた5つの公家のことを摂関家とよびます。近衛家・九条家・鷹司家・一条家・二条家の5つのうち、近衛家と鷹司家、一条家にはそれぞれ皇族男子が養子に入って家を継ぎました。

近衛家には1599年、後陽成天皇の第四皇子が養子に入りました。一条家には1609年、後陽成天皇の第九皇子が養子に入りました。鷹司家には1743年、東山天皇の第六皇子、閑院宮直仁親王の第四皇子が養子に入りました。

この三家とも既に本家は男子が断絶し、養子を迎えたため、皇室の血を伝えてはいませんが、分家あるいはこうした家から養子に迎えられた先で男系が続いているところがあります。

1430年に皇室から分かれた旧宮家よりも、血統という点では皇室に近いといえるかもしれません。しかし、いずれも養子に出た時点で皇籍を離れたわけですから、旧宮家よりもはるかに長く民間であるということになります。

男系天皇の維持ということを考えれば、皇別摂家の血を引く男性にも婿入りの可能性はあるかもしれません。しかし、旧宮家同様、そもそも数百年前に皇室から分かれた家系の者をどう考えるのか、皇室の女子の結婚の自由の問題、一人二人の男子が増えたからといって皇位継承が安定するわけではないといった問題は残ります。

皇室は大切だと考える多くの国民の間で、しっかりとした議論が速やかに始まることを大いに期待すると同時に、皇室に対する国民全体の親近感や崇敬の念をどう増すことができるか、真剣に考えていきたいと思います。

 

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