YCU図書館で、探していた本のそばにあったおもしろそうな本!シューベルトは、死因については良く知られているけど、その死因を導いた意外な性癖とかモーツァルトとコンスタンツァのこととか、パガニーニの左肩の形状と左手の関節が異常に柔らかかったとことか・・・・。ショパンの病歴、ベートーヴェンの難聴・・・。それでも、感染症治療に水銀を使うのでそれが原因で別の病気を発症する。18世紀、19世紀の話だから、結核が蔓延し、その他の疫病、神経症など、音楽家にとっても庶民にとってもまだまだ厳しい社会だったのだ。



Top Pageへ

「あれ?」と思った書評。買うか図書館で借りるか・・・・。とりあえずここにチェック。

2020.2.1(朝日新聞)

内容説明

豊かな採集生活を謳歌した「野蛮人」は、いかにして古代国家に家畜化されたのか。農業革命についての常識を覆す、『Economist』誌ベスト歴史書2019

目次

序章 ほころびだらけの物語―わたしの知らなかったこと
1 火と植物と動物と…そしてわたしたちの飼い馴らし
2 世界の景観修正―ドムス複合体
3 動物原性感染症―病理学のパーフェクトストーム
4 初期国家の農業生態系
5 人口の管理―束縛と戦争
6 初期国家の脆弱さ―分解としての崩壊
7 野蛮人の黄金時代

著者等紹介

スコット,ジェームズ・C. [Scott,James C.]
1936年生まれ。イェール大学政治学部・人類学部教授。農村研究プログラム主宰。全米芸術科学アカデミーのフェローであり、自宅で農業、養蜂も営む。東南アジアをフィールドに、地主や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を学問的に展開した。ウィリアムズ大学を卒業後、1967年にイェール大学より政治学の博士号を取得。ウィスコンシン大学マディソン校政治学部助教授を経て、1976年より現職。第21回(212010年)福岡アジア文化賞受賞

出版社内容情報

世界観を真に変革する、稀な書だ。
――A. サリヴァン(『ニューヨーク・マガジン』)

われわれの農業に偏った歴史観は、見直しを迫られるだろう。
――S. シャブロフスキー(『サイエンス』)

人類が文明と政治的秩序のために支払った大きな代償を、ずばり明らかにしている。
――W. シャイデル(『暴力と不平等の人類史』)

「ある感覚が要求してくる――わたしたちが定住し、穀物を栽培し、家畜を育てながら、現在国家とよんでいる新奇な制度によって支配される「臣民」となった経緯を知るために、深層史(ディープ・ヒストリー)を探れ、と…」
ティグリス=ユーフラテス川の流域に国家が生まれたのが、作物栽培と定住が始まってから4000年以上もあとだったのはなぜだろうか? 著者は「ホモ・サピエンスは待ちかねたように腰を落ち着けて永住し、数十万年におよぶ移動と周期的転居の生活を喜んで終わらせた」のではないと論じる。
キーワードは動植物、人間の〈飼い馴らし〉だ。それは「動植物の遺伝子構造と形態を変えてしまった。非常に人工的な環境が生まれ、そこにダーウィン的な選択圧が働いて、新しい適応が進んだ…人類もまた狭い空間への閉じこめによって、過密状態によって、身体活動や社会組織のパターンの変化によって、飼い馴らされてきた」
最初期の国家で非エリート層にのしかかった負担とは? 国家形成における穀物の役割とは? 農業国家による強制の手法と、その脆弱さとは? 考古学、人類学などの最新成果をもとに、壮大な仮説を提示する。


おすすめ本レビュー

『反穀物の人類史──国家誕生のディープヒストリー』 農業の優越性という神話、国家の形成をめぐるパラドックス
澤畑 塁

澤畑 塁2020年01月03日 

反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー

反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー作者:ジェームズ・C・スコット 翻訳:立木 勝
出版社:みすず書房
発売日:2019-12-21

いまからおよそ1万年前、人類は農業を発明した。農業が生まれると、人びとは必要な栄養を効率的に摂取できるようになり、移動性の狩猟採集生活から脱して、好適地に定住するようになった。そして、一部の集住地域では文明が興り、さらには、生産物の余剰を背景にして国家が形成された──。おそらくあなたもそんなストーリーを耳にし、学んだことがあるだろう。

しかし、かくも行き渡っているそのストーリーに対して、本書は疑問符を突きつける。なるほど、初期の国家はいずれも農業を基盤とするものであった。だが、人類はなにも農業を手にしたから定住を始めたわけではない(後述)。また、メソポタミアで最初期の国家が誕生したのは、作物栽培と定住の開始から4000年以上も後のことである。それゆえ、「農業→定住→国家」と安直に結びつけるようなストーリーは、その多くが「間違いか、そこまでではないにしても、きわめて誤導的だ」、とそう著者は断ずるのである。

というように、本書は物議を醸すような一書である。著者のジェームズ・C・スコットは、イェール大学の政治学者であり、ユニークな視点からの人類学的な研究でも知られる。そんな著者がここ20年の考古学や古代史の研究をも引きながら、従来とは異なるディープヒストリーを一般向けに提示してみようというのが、本書の基本的な試みである。

本書は7つの章から構成されている。そして、それぞれの章ではそれぞれ別のテーマが論じられている。それらのテーマはいずれも興味深いものであるが、ここでは、そのなかでもとくに興味深く、かつ非常にスリリングな、第1章の議論を覗いてみよう。
 

農業の開始でそれは説明できるのか

著者によれば、わたしたちはとかく「農業の優越性」を信じてしまいがちである。すなわち、(とくにかつての世界では)農業こそが抜群にすぐれた生業戦略だったのだ、と。だから、「ひとたび農業が生まれると、人びとは待ちかねたようにきっぱりと移動を捨てて、定住生活を始めたのだろう」とそう考えてしまう。

だが著者曰く、そうした考えは「神話」というべきものである。まず、いまや多くの文献で指摘されているように、初期の農業は人びとに栄養面でプラスをもたらしたわけではなかったようだ(本書第3章も参照)。初期の農民と当時の狩猟採集民の骨を比較すると、じつは前者のほうがよっぽど厳しい健康状態にあったことが判明する。だから、むしろ事実は反対で、「人口圧がかかるか、なにかのかたちで強制されないかぎり、ほとんどの環境では、狩猟採集民が農業に移行する理由などない」ことになる。

また、さらに重要なことに、そもそも定住は農業によって可能になったわけでもない。じつは、農業が生まれる以前から、狩猟採集民などによって定住はかなり広く行われていた。断片的な証拠によれば、古くは紀元前1万2000年頃から行われていたようであるし、それ以降も、(そのときどきの気候に影響されながら)人類は「人口増加と定住の拍動」を何度も繰り返していたと考えられる。したがって、農業の開始は定住の基本的な前提条件ですらないのだ。

ただそれにしても、農業という基盤なしに定住はどうやって可能だったのか。その点の理解を促すべく、続けて著者は、メソポタミア南部沖積層に出現した最初の大規模定住地のイメージを示している。そのイメージは、わたしたちの固定観念を覆すものであり、読者を心の底からワクワクさせてくれるものである。
 

湿地と最初の大規模定住地

ウバイド期(紀元前6500年〜3800年)の早い段階で、ティグリス=ユーフラテス川流域にはいくつかの大規模定住地が出現している(下図参照)。それらに関して重要(かつ驚き)なのは、「乾燥環境ではなく湿地帯で発生した」ことと、「そうした定住地が生業のために依存したのは、圧倒的に湿地の資源であって、穀物ではなかった」ことだ。

ふたつの大河に挟まれたエリアは、現在、そのほとんどが乾燥地帯として知られている。だが、ジェニファー・パーネルらの近年の研究にしたがえば、当時のペルシャ湾の海面は現在よりはるかに高かった。他方、当時の沖積層は(年々の堆積物が重なる前のことゆえ)現在の水準より10メートル以上も低かった。それゆえ、当時は大幅な「海進」が起こっていて、「ペルシャ湾の水は、今はずっと内陸にある古代ウルの門前を洗い、満ち潮になれば、塩水が北に広がってナーシリーヤやアマーラまで達していた」。

 メソポタミア沖積層──紀元前6500年頃のペルシャ湾拡大。本書図8より(資料:ジェニファー・パーネル)。

しかも、かつて平坦であったその地一帯は、ティグリス=ユーフラテス川の氾濫原でもあった。そのように、メソポタミアに最初に現れた大規模定住地は、海と川の水に接する湿地帯に成立していたのである。

そして、そのような場所に生きる人びとは、「並はずれて豊かな」資源に恵まれていたと考えられる。本文を引用しよう。

ヨシやスゲは家の材料や食料になったし、ほかにも多種多様な可食植物(イグサ、ガマ、スイレン類)があった。主なタンパク源はリクガメ、魚類、軟体動物、甲殻類、鳥類、水禽類、小型哺乳類、そして季節ごとに移住してくるガゼルなどだった。豊かな沖積層の土壌とたっぷりの栄養を(生きたものも死んだものも)含んだ二つの大河の河口という組み合わせは、並はずれて豊かな水辺の生活を生み出し、膨大な数の魚類、ミズガメ、鳥類、哺乳類──そしてもちろん人間!──などが、食物連鎖の下位にいる生きものを食べようと、引き寄せられてきた。紀元前6000年代から5000年代の温暖で湿潤な条件の下で、野生の生業資源は多様で、最も豊富で、安定していて、しかも回復力があった。狩猟採集民や遊牧民にとってはほぼ理想的だった。”

著者によれば、そうした湿地の豊かな資源を基盤として、初期の大規模定住は成り立っていた。もちろん、そこで簡単な農業(とくに「氾濫農法」)が行われていた可能性は十分にある。しかし、それで得られる食料はあくまでも「追加的な」ものにすぎなかったはずだ。「要するに、採集できる野生の食物がふんだんにあり、毎年水鳥やガゼルが渡ってきて狩りができているあいだは、わざわざリスクを冒して、労働集約的な農耕や家畜の飼育に大きく依存する理由は──ましてやそれだけに依存してしまう理由は──まったく考えられなかったということだ」。
 

そして国家の誕生

以上が、本書第1章のハイライトである。たった1章だけでもこれほど濃密な議論が繰り広げられているのだから驚きであろう。そしてすでに述べたように、本書ではそれ以降も刺激的な議論が展開されている。作物化された植物と家畜化された動物とともに人類が新たに直面した危機とは何だったのか(第3章)。初期の国家が穀物以外に必要としていた条件とは何か(第4章)。そして、それらの国家がつねに抱えていた脆弱性とはどんなものだったのか(第6章)。興味深いトピックが次から次へと繰り出されていて、著者のほとばしる熱量を感じずにはいられない。

本書には、「ドムス複合体」や「複数種再定住キャンプ」といった独特な用語が登場する。また、直喩的な文章やレトリックも、この著者ならではのものだろう。最初はそれらになかなか馴染めなくて、砂を噛んでいるように思うかもしれない。だが、時間をかけて慎重に議論をたどっていけば、いつしかそれらの表現もじつに巧いものだと得心できるはずだ。本書を堪能するうえでのアドバイスがあるとすれば、それは「じっくり読め」だろう。

紹介がずいぶん長くなってしまったが、多くの字数を費やしても誰かに語りたくなるのが本書である。専門家の間でどう評価されるのかはわからない。ただ、本書が専門家以外の読者に新たな可能性を垣間見せてくれることは、まず間違いないように思われる。


Top Pageへ

「Vaga luna, che inargenti(優雅な月よ)」ヴィンチェンツォ・ベッリーニ(Vincenzo Bellini, 1801年~1835年)によって作曲された「3つのアリエッタ」の第3曲。日本語でのタイトルは「美しい月よ」とも。

Vaga luna, che inargenti Bellini in A♭ Piano accompaniment(karaoke)

Pavarottiの歌を聴くと子どものころ雪の夜の美しい銀色の月を思い出した!すばらしい歌唱だ。


IMSLPは、パブリックドメインの楽譜が無料でダウンロードできるサイトです。著作権の切れたクラシック音楽作品を中心に、膨大な楽譜が収蔵されています。 インターネット上にBelliniの楽曲の無料ダウンロードサイトがあった。


이태리 가곡 Vaga luna, che inargenti (A♭) Vincenzo Bellini / sop. 권혁연

インターネット上にBelliniの楽曲の無料ダウンロードサイトがあった。

響子先生

https://youtu.be/ZZPySSadaaM

Vaga luna, che inargenti
queste rive e questi fiori
ed inspiri agli elementi
il linguaggio dell’amor;
Testimonio or sei tu sola
del mio fervido desir,
ed a lei che m’innamora
conta i palpiti e i sospir.
Dille pur che lontananza
il mio duol non può lenir,
che se nutro una speranza,
ella è sol nell’avvenir.
Dille pur che giorno e sera
conto l’ore del dolor,
che una speme lusinghiera
mi conforta nell’amor.
1 美しい月よ、それはぎんいろに光らせている
この岸や花々を
そして様々なもの(成分)に吹き込む
愛の言葉を
2 あなただけが今は証人なのです
私の熱い願いの
そして私が恋する彼女に
胸のときめきとため息を語ってください
3 たとえ離れていても
私の苦しみは和らがない
もし私が希望を心にいだいていても
それは未来のことだと言ってください
4 昼でも夜でも
私は苦しい時を数え
愛の中の喜ばしい希望が
私に力をくれると言ってください
vago: ぼんやりした・漠然とした
・優美な・美しい
luna :月
che :関係代名詞
inargentare :銀色に光らせる
・銀メッキする
questo :この
riva :岸
e :そして
fiore :花
ed :そして
inspirare :(息を)吸い込む・
(情熱などを)吹き込む
agli :a+gli
elemento :要素・成分・材料
linguaggio :言葉・言葉遣い
amore :愛
testimonio :証人・立会人
or=ora :今・今しがた・目下
sei :→essere(英語:be)
solo :ただ~だけ・唯一の
fervido :燃え立った・熱烈な
desire :=desiderio 願い・欲求
ed :そして
lei :彼女を・彼女に
che :関係代名詞
innamorare:
恋心を抱かせる・魅了する
innamonarsi :恋をする
contare : 語る・話して聞かせる・
数える・大切にする
palpito : 感動・激情・心臓鼓動
・心拍
sospiro :ため息
lontananza :離れていること
・隔たり・別離
purchè :もし~ならば
dolore :苦しみ・悲しみ
può :→potere(英語:can)
lenire :和らげる
se : もし~ならば
nutrire :心に抱く・養う
speranza :希望・期待
ella : それは
nell’ in+l’
avvenire: 起こる・行われる
giorno : 昼
sera :夜
contare :語る・話して聞かせる
・数える・大切にする
ora : 時間
dolore :苦しみ・悲しみ
speme : =speranza 希望
lusinghiero :満足のいく・喜ばしい
mi : 私に・私を
confortare : 力づける・慰める
・勇気づける
amore: 愛

Sarahからデータ(イタリア語)発音

this song is about love, talking to the moon (luna) about the love for a woman// a longing desire, not necessarily a sad love, in the last stanza it says about a comforting hope (speme, conforta) which sustains this love

(音量注意!!) 3回練習後の私の歌
Vaga Luna 2/18 ちょっと上手になった?Sarah said “good.”

Der Nussbaum  Voice Nowへ

Top Pageへ

イタリア語では単に歌を指す単語である。しかし、日本国内においては主に19世紀末から20世紀初頭に書かれたイタリアの大衆歌曲、特にナポリのもの(カンツォーネ・ナポレターナ)を指すことが多い。

Torna a Surriento

君は言った「私は行くわ、さようなら。」『帰れ、ソレントへ』は、ソレントの美しい自然と一人の男性の恋心を描くナポリ歌曲。下写真はソレントの風景。
ソレントの風景
Vide ‘o mare quant’e bello,
Spira tantu sentimento,
Comme tu a chi tiene mente,
Ca scetato ‘o faie sunna.
美しい海 
感傷をさそう
君の優しき囁き 
夢の中へいざなう
Guarda, gua’, chistu ciardino;
Siente, sie’ sti sciure arance:
Nu profumo accussi fino
Dinto ‘o core se ne va…
軽やかな風は 
オレンジの香りを運び
その芳しさは 
恋心に沁みる
E tu dice: “I’ parto, addio!”
T’alluntane da stu core…
Da sta terra de l’ammore…
Tiene ‘o core ‘e nun turna?
「私は行くわ、さようなら」君は言った
僕の恋心を見捨て
僕の気持ちを置き去りにして
Ma nun me lassa,
Nun darme stu turmiento!
Torna a Surriento,
famme campa!
行かないでくれ
これ以上僕を苦しめないでくれ
ソレントへ帰って来てくれ
Vide ‘o mare de Surriento,
Che tesoro tene ‘nfunno
Chi ha girato tutto ‘o munno
Nun l’ha visto comma ‘a ccà
ごらん、ソレントの海を
奥底に宝が眠っている
世界中を巡った人も
こんな場所は見たことがない
Guarda attuorno sti Sserene,
ca te guardano ‘ncantate
e te vonno tantu bene
te vulessero vasà.
あたりをごらん、セイレーンたちが
心奪われあなたを見つめている
あなたを大切に思っている
口づけしたいほどに
e tu dice:I parto addio!
t’alluntane da stu core
da la terra de ll’ammore
tiene ‘o core ‘e nun turnà?
なのにあなたは言う、「さよなら」と
私の心から遠く離れて
そして恋の思い出の地からも
本当に帰る気はないのか
Ma nun me lassà
nun darme stu turmiento
torna a Surriento
famme campà!
行ってはいけない
私を悲しませないで
帰れソレントへ
私を助けて
Vide ‘o mare de Surriento
Che Tesoro tene nfunno;
Chi ha girato tutto ‘o munno
Nun I’ha vista comm’ a cca.
(IT) Vedi il mare di Sorrento,
Che tesori ha sul fondo:
Chi ha girato tutto il mondo
Non l’ha visto come qua.
Guarda attuorno sti Sserene,
Ca te guardano’ncantate
E te vanno tantu bene…
Te vulessero vasa
Guarda intorno queste Sirene,
Che ti guardano incantate,
E ti vogliono tanto bene…
Ti vorrebbero baciare.
E tu dice;“I’parto, addio!”
T’alluntane da stu core…
Da la terra de I’ammore…
Tiene ‘o core ‘e nun turna?
E tu dici: “Io parto, addio!”
Ti allontani da questo cuore…
Dalla terra dell’amore…
Hai il cuore di non tornare?
Ma nun me lassa,
Nun darme stu turmiento!
Torna a Surriento,
Famme campa!
Ma non mi lasciare,
Non darmi questo tormento!
Torna a Sorrento,
Fammi vivere!»

Funiculi, Funicula!

フニコラーレは、イタリアのベスビオ火山山頂まで観光客を運ぶ登山電車として、1880年にトーマス・クック旅行会社により敷設されたケーブルカー。

ナポリ湾とヴェスヴィオ火山

Aieressera, oì nè,
me ne sagliette, tu saie addò?
Addò ‘stu core ‘ngrato cchiù
dispietto farme nun pò!
Addò lo fuoco coce,
ma si fuie te lassa sta!
E nun te corre appriesso,
nun te struie, ‘ncielo a guardà!…
Jammo ‘ncoppa, jammo jà,
funiculì, funiculà!
昨日の晩、すごい物に乗ったんだ
こんな気持ち初めてだよ

火の吹く山へひとっ飛び
怖くて逃げても大丈夫
疲れしらずで景色を楽しもう!
さあ行こう!行こう!

フニクリ・フニクラ!

O sole mio

1898年に作曲されたカンツォーネ・ナポレターナ(ナポリ歌曲)。ハバネラのリズムが特徴的。


Che bella cosa na jurnata ‘e sole,
n’aria serena doppo na tempesta
Pe’ ll’aria fresca pare gia` na festa
Che bella cosa na jurnata ‘e sole
素晴らしきかな 太陽輝く一日
嵐の後の爽やかな空気
休日にそよ吹く新鮮な空気
素晴らしきかな 太陽輝く一日
Ma n’atu sole, cchiu` bello, oi ne’,
‘o sole mio, sta nfronte a te!
‘o sole, ‘o sole mio!
sta nfronte a te!
sta nfronte a te!
更に美しいのは
もう一つの私の太陽
君の瞳に輝く僕だけの太陽
君の瞳に輝く
君の瞳に輝く
Quanno fa notte e ‘o sole se ne scenne,
me vene quase ‘na malincunia;
sotto ‘a fenesta toia restarria
quanno fa notte e ‘o sole se ne scenne.
夜が来て、太陽が沈み切った時、
憂鬱がわだかまり始めた。
君の窓の下に私は留まる
夜が来て、太陽が沈み切った時。
Ma n’atu sole, cchiù bello, oje ne’
‘O sole mio sta ‘nfronte a te!
‘O sole, ‘o sole mio
sta ‘nfronte a te!
sta ‘nfronte a te!
だけどもう一方の太陽
なお一層輝かしい 私の太陽
君の顔に輝く! 太陽、
私の太陽 君の顔に輝く!
君の顔に輝く!
2020/5/2 コロナ連休なので練習!



Caro mio ben

18世紀のイギリスで出版された歌曲。歌詞はイタリア語で作詞者は不明。作曲者は、イタリア、ナポリ出身の作曲家トンマーゾ・ジョルダーニ。

Caro mio ben, credimi almen,
senza di te, languisce il cor.
Il tuo fedel, sospira ognor.
Cessa, crudel, tanto rigor!
愛しい人よ、信じておくれ
君に会えず 恋焦がれる日々
君に忠実な男は ため息ばかり
どうか冷たくしないでおくれ

Santa Lucia

ルーシーの母親は長年難病を患っていたが、ルーシーがキリスト教の聖人アガサ(St.Agatha)に祈り続けた結果、その難病が奇跡的に治癒されたという。

シラクサ(上写真)は、有名な数学者であるアルキメデスが生まれ育った町

Sul mare luccica l’astro d’argento,
placida è l’onda, prospero è il vento
Venite allàgile barchetta mia!
Santa Lucia! Santa Lucia!
輝く海 輝く星空
波は穏やかに、風は軽やかに
私の小舟よ 軽快に進め
聖ルチア! 聖ルチア!
Con questo zeffiro così soave,
oh! com’è bello star sulla nave!
Su passeggeri, venite via!
Santa Lucia! Santa Lucia!
とても甘い西風(そよ風)
ああなんて美しいんだ。船の上では
乗っている人たち、行きましょう!
サンタ・ルチア サンタ・ルチア
O dolce Napoli, o suol beato,
ove sorridere volle il creato!
Tu sei l’impero dell’armonia!
Santa Lucia! Santa Lucia!
ああ優しいナポリ、ああ幸せの土地
創造物が微笑む
あなたは調和の帝国だ
サンタ・ルチア サンタ・ルチア
Or che tardate? Bella è la sera,
spira un’auretta fresca e leggera.
Venite allàgile barchetta mia!
Santa Lucia! Santa Lucia!
どうして遅いのか?夕暮れは美しい
清らかな軽いそよ風
早く私の小舟へ来て!
サンタ・ルチア サンタ・ルチア

Time To Say Goodbye

盲目のテノール歌手ボチェッリとサラ・ブライトマンのデュエット曲。別れの曲ではなく愛し合う二人の「一緒に生きて行こう」とする二人の門出の歌だ!

ソレント半島のアマルフィ海岸(世界遺産)
Quando sono sola
sogno all’orizzonte
e mancan le parole,
si lo so che non c’è luce
in una stanza quando manca il sole,
se non ci sei tu con me, con me.
Su le finestre
mostra a tutti il mio cuore
che hai accesso,
chiudi dentro me
la luce che
hai incontrato per strada   
一人でいる時
水平線を夢見て
言葉を失ってしまう
太陽のない部屋は暗くて
あなたが側にいないと

太陽は消えてしまうの
全ての窓から
あなたが勝ち取った
私の心が広がってゆく
私の中に 私の中に
あなたは光を注ぎ込んだの
道端で見つけた光を
Time to say goodbye.
Paesi che non ho mai
veduto e vissuto con te,
adesso si li vivrò.
Con te partirò
su navi per mari
che, io lo so,
no, no, non esistono più,
it’s time to say goodbye.      
       
別れの時が来たわ
見たことも
行ったこともない場所
今あなたと共に
船に乗り海を越えて
旅立とう
もう なくなって
しまった海を 越えて
別れの時が来たわ
Quando sei lontana
sogno all’orizzonte
e mancan le parole,
e io si lo so
che sei con me con me,
tu mia luna tu sei qui con me,
mio sole tu sei qui, con me,
con me, con me, con me.         
君が遠く離れているとき
水平線を夢見て
言葉を失ってしまう
でももちろん分かっている
君が僕と一緒にいることは
君は僕の月 僕と共に
僕の太陽
君は僕と共にここにいる
僕と共に 僕と共に
Time to say goodbye.
Paesi che non ho mai
veduto e vissuto con te,
adesso sì li vivrò.
Con te partirò
su navi per mari
che, io lo so,
no, no, non esistono più,         
別れの時が来たわ
見たことも
行ったこともない場所
今 あなたと共に
船に乗り海を越えて
旅立とう もうなくなって
しまった海を越えて
con te io li rivivrò.
Con te partirò
su navi per mari
che, io lo so,
no, no, non esistono più,
con te io li rivivrò.
Con te partirò.            
共によみがえらせよう
一緒に船に乗り
海を越えてゆこう
もうなくなってしまった海へ
二人で海をよみがえらせよう
二人で行こう
あなたと私

Barcarolle-Offenbach

Belle nuit, ô nuit d’amour also known as the Barcarolle from Jacques Offenbach’s opera, The Tales of Hoffman . A barcarole is a folk song sung by Venetian gondoliers, or a piece of music composed in that style. In classical music, it is one of the most famous barcaroles. Good night and sweet dream to you’ll.


Belle nuit, ô nuit d’amour
Souris à nos ivresses
Nuit plus douce que le jour
Ô, belle nuit d’amour!

Le temps fuit et sans retour
Emporte nos tendresses
Loin de cet heureux séjour
Le temps fuit sans retour

Zéphyrs embrasés
Versez-nous vos caresses
Zéphyrs embrasés
Donnez-nous vos baisers!
Vos baisers! Vos baisers! Ah!

Belle nuit, ô, nuit d’amour
Souris à nos ivresses
Nuit plus douce que le jour,
Ô, belle nuit d’amour!

Ah! souris à nos ivresses!
Nuit d’amour, ô, nuit d’amour!
Ah! ah! ah! ah! ah! ah!
美しい夜、おお恋の夜
喜びに微笑む
またとない甘き時間
おお美しき恋の夜よ!

過ぎ行く時は 戻ることなく
慈愛の情も遠く運び去る
時は過ぎ行く 戻ることなし


そよ風が優しく包む
そっと口づけを残して



美しい夜、おお恋の夜
喜びに微笑む
またとない甘き時間
おお美しき恋の夜よ!


またとない甘き時間
恋の夜よ!恋の夜よ!

Voice Now へ

Top Pageへ

3月までの練習曲をこちらにPut on

Frühlingsglaube

春の気配(信仰)・・雪解けの、あの土の暖かさ・煌めきを思いながら

https://youtu.be/6AwEf9EK7Lchttps://youtu.be/tbIkDoqL0aw


美声 German/Mexican tenor Emilio Pons
b 4 個〈ドから)

Die linden Lüfte sind erwacht,
Sie säuseln und wehen Tag und Nacht,
Sie schaffen an allen Enden.
O frischer Duft,o neuer Klang!
Nun,armes Herze, sei nicht bang!
Nun muß sich alles,alles wenden.

穏やかなそよ風が吹いて
昼も夜も さらさらと音を立ててなびく
至る所で吹いている
ああ 新鮮な香り、ああ 新しい響き!
さあ かわいそうな心よ、心配はいらない
今すべてが、すべてが変わるに違いない

Die Welt wird schöner mit jedem Tag,
Man weiß nicht, was noch werden mag,
Das Blühen will nicht enden;
Es blüht das fernste,tiefste Tal:
Nun, armes Herz, vergiß der Qual!
Nun muß sich alles, alles wenden.

世界は日々もっと美しくなり
人にはわからない、これからどうなるのかは
花が咲くことに終わりはなく
遥か遠くにある最も深い谷にも花が咲く
さあ かわいそうな心よ、苦しみを忘ろ!
今すべてが、すべてが変わるに違いない

lind穏やかな、優しい
Luft空気、息、そよ風
erwachen目を覚ます、生じる
säuselnさらさらと音を立てる
wehen吹く、なびく
schaffenやり遂げる、運ぶ、作り出す
an allen Enden至る所に
frisch新鮮な
Duft香り、匂い
Klang音、響き
nun今、さて、さあ
arm貧しい、かわいそうな、不幸な
bange心配な、不安な
müssenしなければいけない、ちがいない(must)
wenden裏返す、向きが変わる

Welt 世界
werdenなる
schön美しい
jeder いずれの~も(every)
man人は
wissen知っている
was 何、こと(what)
nochまだ、これから
werdenなる
mögenかもしれない、だろう
blühen 咲いている
fern遠い
tief深い
Tal
vergessen忘れる
Qual苦痛、苦しみ



https://www.akemimarumo.com/2019/12/%e2%99%aasongs-for-2020/

Abendempfindung 夕べの想い K.523  Mozart


Voice Nowへ

Top Pageへ

八景駅前での歯医者さんのあと、雨模様の冬空を見上げながら遠回りをして戻りました。


  <植物の前に「景勝地」平潟湾の風景>



散策路や路地の草花

ゴモジュ(ガマズミ属)
イヌホウズキ

My Plant Dictionaryへ

Top Pageへ

年末で忙しい。なのに毎日のようにお出かけの予定や、仕事(メールでの)も・・。Museの仕事が2個、大学のG先生宅訪問。そして今日は美容室。思ったより早く終わったので「忙中閑あり」龍華寺へ。コスモスが咲いてると聞いたので・・・。





Top Pageへ