龍華寺の梅 2013
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紅梅が空に映えて | ||
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御室派龍華寺
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このような鮮やかな紅梅は見たことがありません。 |
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水仙も咲いています。
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小ぶりの黄花がかわいらしい、黄梅
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門のところにある白梅 |
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ボタンの季節も楽しみ!
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紅梅が空に映えて | ||
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御室派龍華寺
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このような鮮やかな紅梅は見たことがありません。 |
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水仙も咲いています。
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小ぶりの黄花がかわいらしい、黄梅
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門のところにある白梅 |
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ボタンの季節も楽しみ!
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いつもは最後に咲く光則寺境内の蝋梅が今年は逆に
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光則寺の侘助 | ||
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東慶寺へ行きました。
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サンシュユが咲いていました。 |
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今年の蝋梅はあまり良くないようです。
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冬桜 |
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小ぶりの花ですが、枝ぶりはすばらしい三椏の木。
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春の日差しの中に葉ボタンが咲いていました。 |
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浄智寺です。
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南北朝の観音像 |
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サザンカです。
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素心ロウバイ |
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蕾もかわいらしい
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浄智寺の参道に咲く蝋梅
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懐かしの長谷「Kフラット」 発見までの私の「鎌倉研究は」こちら
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| 光則寺参道に面しています。 |
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| 桜の木の「門」でした。 |
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居間の外は長谷寺の裏山 to the page top |
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| 窓の外は相模湾、逗子マリーナも望めます。 |
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リビング・ダイニング |
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| 北側4.5畳の私の部屋 |
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| 秋のディスプレーで |
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アジサイの頃 to the page top |
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| きれいだったなぁ。 |
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由比ガ浜へ歩いて7,8分でした。 |
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| 境内は遊び場でした。 to the page top |
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前の家(井上蒲鉾社長邸)も素敵でした。 |
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| 匂い番茉莉 |
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| これは光則寺のアマガエル 横山園子さん(光則寺さん)撮影の写真です。 |
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向い側の長谷幼稚園(光則寺さん経営)のもみじ |
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| 大仏殿への道、長谷の風景です。 |
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第30代木村庄之助の衣装(大相撲博物館で) |
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| 「美男」の大仏様 |
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懐かしの長谷「Kフラット」 発見までの私の「鎌倉研究は」こちら
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| 光則寺参道に面しています。 |
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| 桜の木の「門」でした。 |
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居間の外は長谷寺の裏山 to the page top |
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| 窓の外は相模湾、逗子マリーナも望めます。 |
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リビング・ダイニング |
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| 北側4.5畳の私の部屋 |
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| 秋のディスプレーで |
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アジサイの頃 to the page top |
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| きれいだったなぁ。 |
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由比ガ浜へ歩いて7,8分でした。 |
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| 境内は遊び場でした。 to the page top |
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前の家(井上蒲鉾社長邸)も素敵でした。 |
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| 匂い番茉莉 |
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| これは光則寺のアマガエル 横山園子さん(光則寺さん)撮影の写真です。 |
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向い側の長谷幼稚園(光則寺さん経営)のもみじ |
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| 大仏殿への道、長谷の風景です。 |
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第30代木村庄之助の衣装(大相撲博物館で) |
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| 「美男」の大仏様 |
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子どもの頃の暮らしと「仕事」 父が「給料取り」(公務員)だったので母は近所では珍しい専業主婦。近所の人からは「奥さん」と呼ばれていた。周りは大きな農家が多く、私の家だけ(比較の問題だが)小さい普通の住宅で「勉強部屋」と呼んでいた本棚付きの子どものための洋室があった。 |
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神社を見たら立ち止まって一礼!子どの頃、父と歩いていると突然立ち止まる。理由を尋ねると「八幡様が見える・・」とか言う。遠視で、相当遠くまで見えていた父は、数百メートルぐらい先で、私からはほとんど姿も見えない神社に向ってもかならず直立不動となり深く一礼していた。その時は「何それ?」と思っていたが、大人になってみると自分も父と同じことをしている。 2018.12.24の夜、サンタクローズからのプレゼントのような、あの「お八幡様」の写真を見つけた! |
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子どもの頃の楽しみは・・やっぱりお祭り。日本三大熊野神社のひとつ宮内の夏祭りと、秋の菊祭り。夏祭りの前には、毎年母が新しいドレス(ワンピース)を作ってくれた。黄色いワンピース、ピンクのワンピース。忘れられない。暑いので、めったには入れない町の「食堂」でイチゴのかき氷を食べ、人ごみをかき分けて沿道に並ぶ露天のお店を見て歩く時の楽しさ。でも、大きな神輿が繰り出し大勢の大男が迫ってきて押しつぶされるようになると、この世にこんな恐ろしいことがあるのかと心底怖かった!(菊祭りのことはこちら) |
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サンタさんは「絶対いる!」 今考えるとフシギだが、小学校の6年生までサンタクロースの存在を信じていた。だって、毎年クリスマスの前の数日間、冬の夜空に向って「サンタクロース~。赤い手袋が欲しい~」とお願いすると、ちゃんとその通りのプレゼントが届いていたから。それに小さいけれど白いクリームがのったケーキも届いた! |
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懐かしい風景あの家は今もお花に囲まれています。誰かは知らないのですが、感謝したい気持ちです。 20181224にも健在 |
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鬼面石村の北の方角、遠い山の中に「恐ろしい岩があるらしい。鬼のような顔だ。そばでそれを見たりしたら恐ろしい目に合うぞ」と言われていた。子どものころ一度だけ傍を通った。恐ろしくて上目づかいにチラッと見ただけだったが、おどろおどろしく黒く大きかった。 2018.12.24にネットで見てみた。 |
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昔お城があった!弟の一家が東京圏に移り住んで1年ほど。どんどん遠くなるふるさと。ネットで偶然、その昔私の故郷が交通の要衝で城が築かれた場所だったことを知った。その中には、父が尊崇の念で見上げていた”ななさこやま”の記述もあった。知らべてもわからなかった漢字が”七瑳古山”だったことも知った。 続きはこちらから・・・(1) (2) 2016.7
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吉野鉱山の歴史故郷の情報誌に掲載されていました。2016.8.2 |
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菊の里に生まれました 2012年9月27日 |
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大輪の菊(南陽市「菊祭り2012」)にて撮影 |
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菊人形(南陽市「菊祭り2012」) |
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“菊人形研究家”川井ゆうさんの本の紹介記事はこちら
ひと組5本の菊花を、品評会の”その日”に合わせて一斉に咲きそろうよう、工夫に工夫を重ねるのだそうです。伝統の技術に、育てる人の愛情が感じられる菊花展です。何十年変わらず、人形の古典的なお顔もそのまま、「菊見だんご」も健在です。
父の好きなものは「山」でした。小さい頃から所有地の森の手入れが得意で好きだったとのこと。
後年「どこかいきたいところある?」と尋ねると「山(森)を見に行きたい」という人でした。
でも一度だけ、美しい萩の花が咲く「萩寺」(はぎ公園)へ行ったことがありました。ちょっと
意外で、今思うと花も好きだったのだなぁと、懐かしく思い出します。
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