◆ 安倍昭恵の影響力とその”危険性”(3/28~)2017
(もう少ししたらきっと、困った”時の人”になる)と書いたら、本当にそのようになってきた。幼稚なスピリチュアルなものを信ずる心が、自分の立ち位置をわきまえなければ政治性を帯びることに思いが至らない人には、自分がどんな危険な位置にいるかも認識できないようだ。自分の影響力が増すことの本当の意味を知らず、単純に”自分の価値”が増したのだと勘違いする!ホントにハタ迷惑な人だ。
元北大、現東工大教授中島岳志教授の議論を新聞より転載。
日本は早くから、よその国の料理を取り入れ、食文化を豊かにしてきた。パン食も定着し、近所にお気に入りのパン屋をお持ちの方もおられよう。ところがそんなパン屋が教科書からはじき出されたのだという。小学校道徳の教科書検定の結果、「にちようびのさんぽみち」との教材に登場していた「パン屋」が「和菓子屋」に変更された
学習指導要領が求める「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」との点が不足すると文部科学省が指摘し、出版社が修正した。パン屋では日本らしさが欠けるということか。同様の理由で、公園の遊具が和楽器の店に差し替えられた
もう50年以上前だが、評論家の加藤周一が仏教伝来や洋服などを例に、日本は雑種文化であると論じた。「日本精神や純日本風の文学芸術を説く人はあるが、同じ人が純日本風の電車や選挙を説くことはない」と書き、偏狭な日本主義者を批判した
和菓子や和楽器にすがって国や郷土への愛を説くとすれば、滑稽というほかない。本質よりも体裁にこだわる大人たちの姿である。まさか反面教師としての教育の一環ではあるまい。朝日新聞社説 2017/3/29
天皇退位と同時に大問題となっている女性皇族の将来。15歳の多感で聡明な少女には重すぎる課題だと思う。それでも愛子さんは素敵な自分の言葉を持っているようだ。
ホロコースト博物館で撮影された写真(I suppose.)
「ファシズムの初期症候 / Early Warning Signs of Fascism(日本語訳版)」(ローレンス・W・ブリット起草/米国・ホロコースト博物館展示パネルより)
オランダの総選挙では、極右政権誕生は市民が阻止したようだ。
<朝日新聞>
上の記事を参考にしながら、今後の動きをチェックすることにした。
シリーズ・退位 国会対応まとまる
毎日新聞

衆参両院の正副議長の見解は、皇室典範の付則に特例法と皇室典範は一体であると書き込むとしている。実質的な内容は国会の議決で退位できるという皇室典範改正になっているので、屋上屋を架しているという印象を受ける。
特例法では、天皇陛下が退位するとしか規定されないだろう。それでは、退位の理由が明確にならず、将来、強制的な退位や恣意(しい)的な皇位の継承を招く可能性がある。高齢で、執務が困難になってきているという今回の事情は、他の天皇にも生じ得る話だ。法は、同じ状況にある者に公平に適用されるべきであり、一代限りの特例法は好ましい選択肢ではない。
憲法2条は「皇位は皇室典範の定めるところにより継承する」と定めている。この文言を理由に、皇室典範に基づかない退位は憲法2条違反と考える専門家もいる。私自身は特例法による対応が許される場合もあると考えるが、違憲の疑義が生じる皇位の継承は避けるべきだし、今回あえて特例法にする必要がない。
現在の皇室には、皇位継承資格者があまりにも少ない。見解は女性宮家の創設などについて触れているが、皇位の安定的継承を考えるのであれば、退位を認めるのと同時に、女性・女系天皇を認めるべきだろう。約70年前に皇籍離脱した人を、男系であるという理由で皇族に戻したとしても、天皇としての正統性を獲得できるかと言うと、相当難しい。退位と同時に女性・女系天皇を認めるかどうかの結論を出した方がいい。皇太子殿下が天皇に即位する時点で、長女の愛子さまの地位が定まっていることが、理想的だ。女性・女系天皇の議論は相当熟していると思われるから、先送りするなら相当の理由を示す必要がある。どうしても無理なら、退位と女性・女系天皇などを2段階に分けて検討する可能性もあろう。
象徴天皇制については、憲法4条で「国政に関する権能を有しない」と定めている。天皇は個人的に政治的見解を表明したり、政府の法案に反対したりできない。天皇の公的行為については、政治的権能でない範囲で行われる。その時の内閣が責任を持って、公的行為はどの範囲で行うのかを天皇と相談して考えていくべきだと思う。
次の天皇が天皇陛下のように積極的に被災地訪問などをすべきだと考えることもあり得るし、軽々しく外に出て行くべきではないと考えて、ほとんど公的行為をしなくなることもあり得る。象徴天皇のあり方は一つではないので、それぞれの天皇で、公的行為についての考え方が違って当然だと思う。【聞き手・南恵太】
一代限りの特例法で退位という今回の結論は、事態の緊急性と長寿社会化の進展という条件を考慮すればやむを得ない。与野党が大筋合意したことは、皇位継承に関する問題で国論を二分した前例を作らなかった点で、評価できる。
ただし、天皇と前天皇が同時にいると、いわば「権威の二重化」が生じやすくなる。また、このままだと、同じ事態は将来も起きるだろう。今回は緊急で議論の方法も他になかったが、これから、全国民が当事者意識を持てる形で、皇位の安定的な継承の方法、さらに、今の時代にふさわしい象徴天皇制のあり方について議論を深めなければならない。
天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議のヒアリングで、もっとも説得力があったのは、笠原英彦・慶応大教授の「天皇と前天皇が共存すると国民の混乱を招きかねず、憲法が定める象徴としての国民統合の機能が低下するおそれがある」という意見だった。
その笠原教授も、天皇が国事行為をできなくなった場合に摂政を置く可能性は否定しなかった。摂政が置かれる期間が長期化しても権威の二重化が起きないようにする方策は、具体的に示せなかった。そうであれば、結局のところ、今の陛下が否定されている摂政よりは、退位の方がまだよいと言わざるを得ない。
陛下が摂政を置くことに否定的なのは、大正時代の前例があるからではなかろうか。大正は、デモクラシーと協調外交の平和な時代として振り返られがちだが、大正天皇は病弱で、大正10(1921)年に裕仁親王(後の昭和天皇)が摂政となる直前、皇室を巡る大きな問題が二つも起きた。
一つ目は、裕仁親王と久邇宮良子(くにのみやながこ)女王(後の香淳皇后)の結婚に元老の山県有朋らが反対した。この件は、「宮中某重大事件」として新聞で報道されて、国民を巻き込んだ大問題になった。もう一つ、山県が推進した裕仁親王の訪欧に貞明皇后らが反対した。
大正天皇が健康であれば、どちらも天皇の差配で事態はすぐ収拾しただろう。今の陛下は、昭和天皇から直接、大正時代の話を聞いて、「健康で判断力がある天皇がいないと皇室は安定せず、国民も動揺する」と教わられたのではないかと想像する。
今回は、「陛下は安倍晋三首相に抗議して退位される」などと解釈する人もいた。この解釈は、悪く言えば、国論を二分する問題の道具に皇室を使う「天皇の政治利用」だ。国会が大筋まとまったのは、国論の分裂をこれ以上強めない意義がある。
戦後、今の皇室制度になった当初から、皇位の安定的な継承が難しくなる可能性は分かっていたはずである。それなのに陛下ご自身にテレビでお話しいただくことになったのは、戦後歴代内閣の責任だ。しかも、そのテレビの視聴率が特別に高いとは言い難かった。
課題は、権威の二重化を避ける方策や同じ問題が起きた際への対応に限らない。皇室典範改正などだけで答えが出ない、これからの時代にふさわしい象徴天皇制のあり方を、国民全体で深く考えてゆくべきだ。【聞き手・鈴木英生】

憲法上天皇の退位は禁止されておらず、退位を認めるために皇室典範を改正することも、特例法を定めて対応することも許容されている。どちらを選ぶかは政策判断だ。ただ、典範改正にあたり退位の要件を定めるのは相当難しく、先例を重ねて、法文を考える方がうまくいくのではないだろうか。
皇位継承は「皇室典範の定めるところによる」と憲法2条に書いてある。憲法が制定された当時、皇室典範がどう理解されていたかというと、「国会が議決する」としたところに力点はあった。国会が決める法律で定めるということだ。明治憲法下の皇室典範は憲法と対等な地位にある独自の法規範で、議会の関与が及ばなかった。現憲法は、皇室典範自体に重きを置いたものではないという解釈が成り立つだろう。それでも憲法に典範と書いているから尊重するというなら、典範の本則に書いてもよい。だが、本則に書かないから違憲とまで考える必要はない。
退位が政治的な意味を持たないようにしなければいけない。憲法上、象徴としての天皇が行う行為は国事行為のみと理解すべきである。それ以外の行為も許されてはいるが、それができないことを理由に退位の制度を作れば象徴天皇制の理解を変えることになる。
今の天皇陛下は、象徴としての天皇が憲法上どういう形で存在し得るかを、長年考えてこられた。そして国民に寄り添うという結論に到達したのだろう。だが、被災地の慰問や戦地の慰霊などの公的行為は法的な義務ではない。陛下の真心によるものだ。公的行為の範囲は明確でないし、状況が変われば違う形になることもあろう。
退位を検討する際、天皇の意向を知る必要はある。だが、「退位は天皇の申し入れに基づく」などと曖昧にすると、天皇は「国政に関する権能を有しない」という憲法4条との問題が出てくる。いつでも退位を申し出られるように読め、政治利用されやすいからだ。「80歳になれば、天皇は退位を申し出ることができる。申し出を受け、国会で議論し決定する」と書けば中立的かもしれない。それでも将来、米国のように年齢差別が問題になる可能性はある。
法のありようには二つの大きな考え方がある。一つは、最初から法律で定めるヨーロッパの大陸法的な法思想だ。もう一つの英米法は、先例を積み重ねる中で次第にルールを形成する。大陸法の考え方では、後は法律を適用するだけだから政治的問題になりにくい。しかし、その時点で先を見通した法律を作るのは容易ではない。今回の対応はいずれにしろ先例になる。先例を巡る議論を重ねる中から、国民が納得できる要件が固まってくるのではないか。その都度国会で議論して認めるかどうかの結論を出す方が、天皇の地位は「国民の総意に基づく」という憲法に合うとみることもできる。
最後に、議会外で各党の意見を集約するやり方は、あまり好ましくないことを指摘しておきたい。国民に開かれた本会議で扱うべきだからだ。皇位の安定継承に向けた検討は、今後も国民の後押しがないと進まないだろう。【聞き手・岸俊光】
衆参正副議長の見解は、特例法の名称を「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」と定め、典範付則に特例法と典範は一体と明記するよう求めている。これにより、皇位継承は典範によるとした憲法2条に違反するとの疑いを免れ、退位は例外的な措置で、かつ将来の先例になるとした。また、女性宮家創設など安定的な皇位継承について、政府に速やかな検討を求め、結論時期について付帯決議に盛り込むよう各党の合意を促している。
毎日新聞

「近代天皇論」ー「神聖」か、「象徴」か <片山 杜秀, 島薗 進 著> より
S: 後期水戸学の思想を江戸の宗教史のなかに位置づけると、それは神仏習合から神儒習合への転換の流れに入ってくるもの。
江戸初期のキリシタン禁圧後、住民は(キリシタンではないことを証明するために)仏教寺院に所属し戸籍登録に相当することをしなくてはいけなくなる。次第に武士層の中に儒教、特に朱子学が広まっていく。禅を経由して儒教を学ぶという経過をとる。
禅ももとは統合体制の権威の源泉という側面をもっていたが、修行に励む禅僧を見ているとどうしても個人主義的に見えてしまう。そこに違和感を覚え、人間関係を重視する儒教の中で、道義的な修養を求めるようになる。
K: 仏教は統治の学問にはならないということか。
S: もともと仏教は正しい社会秩序の根本理念、すなわち「正法」を提示するものと考えられていた。日蓮などに顕著。しかし、宋学と呼ばれる新しい儒学が興隆する東アジアの大きな変化の潮流を受けて、信長以来、社会理念の提示者としての仏教の機能を抑えたとみることができる。それを受けて、儒教の立場から仏教を批判するような潮流が江戸の早い時期から出てくる。
その後、儒教が神道化していく。その代表が。山崎闇斎の提唱した垂加神道。儒学と神道を統合して、天と人との一体性が強調される。ここから儒教的な尊王愛国がひとつの思想として発展していく。
K: つまり、神儒習合という流れと、仏教軽視の流れが並行して起こっていくと。
S: はい、民衆の信仰もある局面では神道に傾いていくようになる。お伊勢参りもそう。もともとは仏教との結びつきが強い山岳信仰が次第に土地の神の性格を強め神格化していく。一部の山岳信仰など、仏教的要素が後退していく傾向が広がる。富士信仰、御嶽信仰などがその代表例。
そのような流れで、江戸中期以降、仏教も儒教も外来のまがいものだと否定して、日本固有のやまとごころを明らかにしようとする国学という思想潮流が強まっていく。
K: 江戸期の思想というのは、いろいろな潮流が並行しているのでなかなか整理しにくい。儒教であれ、民衆の信仰であれ、仏教の影響や存在感が弱まっていくとみてよいか。
S: ひとつの見方として有効。儒学者が仏教は家族を大事にしないと批判したり、国学者が仏教はこの世の秩序をないがしろにしていると批判したりしている。
しかし、さらに巨視的に見ると東アジアの仏教文化圏」というのは大乗仏教と儒教が組み合わさって支え合いながら緊張関係にある。つまり文明理念の構造が二元的。対照的に一元的なのが中世ヨーロッパやイスラム圏。
ところが東アジアでは、世俗のトップが仏教に熱中することはあっても仏教とは別に王権の神聖化を司る儀礼や理念がある。基本的には儒教で、日本の場合はそこに神道も入ってくる。
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❝人のふみ行うべき道徳上の筋道。”
▼五常の徳
五常(ごじょう)または五徳(ごとく)は、儒教で説く5つの徳目。
仁・義・礼・智・信
そのうちの、義は、利欲にとらわれず、なすべきことをすること。正義。
▼八つの徳
孔子が論語で説く、八つの徳。
「仁」 :思いやりの心、いつくしむ心。
「義」 :人間としての正しいすじ道。
「礼」 :他の人に敬意を示す作法。
「勇」 :決断力。
「智」 :洞察力、物ごとを考え判断するはたらき。
「謙」 :謙虚、つつましく、ひかえめ。
「信」 :うそをつかない、約束を守る。
「忠」 :まごころ。
「寛」 :寛容、心が広く人のあやまちを受け入れる。
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