🐈I Am a Cat, Soseki’s 俳句
★「吾猫」All Stars ★Images in Nexgen
我儘な人間のことが、時折気の毒になる――。
日本一有名なネコの可笑しな人間観察日記。
昭和36年刊行の新潮文庫版は123刷、228万部超え! 今なお色褪せぬ、漱石40歳の処女小説。
中学教師苦沙弥先生の書斎に集まる明治の俗物紳士達の語る珍談・奇譚、小事件の数かずを、先生の家に迷いこんで飼われている猫の眼から風刺的に描いた、漱石最初の長編小説。江戸落語の笑いの文体と、英国の男性社交界の皮肉な雰囲気と、漱石の英文学の教養とが渾然一体となり、作者の饒舌の才能が遺憾なく発揮された、痛烈・愉快な文明批評の古典的快作である。俳人・高浜虚子のすすめのよって書かれた。

- 第一話 (はじめに)名前のない猫(語り手)が英語教師・苦沙弥先生の家に住み着くまでの経緯を語る。
- 「なんにでもすぐ手を出したがる主人を、吾輩が猫の目を通してユーモラスに語る」
- 第二話 (年賀状、寒月)苦沙弥先生の家の日常や、出入りする人物(寒月・迷亭など)が登場。知識人たちの滑稽さを猫が批評。
- 第三話 (寂寞の感、天然居士)寒月の恋愛話が中心。金田家の娘との縁談をめぐり、人間の見栄や打算が描かれる。
- 第四話 (金田邸)金田家(俗物的な成金)と苦沙弥先生側との対立が強まる。猫は両者を比較しながら風刺。
- 第五話 (ドロボー)迷亭の奇抜な言動や話術が目立つ。知識人の空虚さや、議論の無意味さがユーモラスに描かれる。
- 第六話 (暑い)寒月の縁談問題が進展。結婚をめぐる利害関係や世間体が強調される。
- 第七話 (運動)苦沙弥先生が周囲から攻撃(悪評・嫌がらせ)を受ける。神経質で被害妄想的な性格が浮き彫りに。「猫の立場から、運動、海水浴、かまきり、せみとりなどを細かく観察」
- 第八話 (大事件)猫の視点から、人間の生活や文明批評がより哲学的に展開される。笑いと思想が混在。
- 第九話 (鏡・あばた)寒月の結婚話が決着へ向かう。登場人物たちの価値観が整理されていく。
- 第十話 (空腹、三子ちゃん)人間関係のゴタゴタが一段落し、日常へ回帰。猫の観察はさらに達観したものになる。
- 第十一話(最終話、探偵/自覚心/迷亭君) 猫が酒に酔って水瓶に落ち、死を迎える。最後まで人間を風刺しつつ、物語は唐突に幕を閉じる。 「迷亭と独仙が碁を打つ中、先生が人の自覚心を語り、吾輩は水瓶に落ちる」


























































夏目漱石の俳句
漱石の俳句は、自身の心情や日常のひとコマを詠んだものが多いです。
菫程な小さき人に生れたし; 漱石は、日本に「ガリバ旅行記」を本格的に紹介した人でもある。つまり、童話ではなく、堕落した人間の本質を抉る風刺小説であることを説いた。
木瓜咲くや漱石拙(せつ)を守るべく(「世間には拙を守るという人がある。この人が来世生れ変るときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい」(『草枕』)。)
叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉(たたかれて ひるのかをはく もくぎょかな)秋風やひびの入りたる胃の袋(あきかぜや ひびのいりたる いのふくろ)猫に恋の歌詠ませけり(ねこにこいの うたよませけり) 漱石は、日本に「ガリバ旅行記」を本格的に紹介した人でもある。つまり、童話ではなく、堕落した人間の本質を抉る風刺小説であることを説いた。
あるほどの菊抛げ入れよ棺の中(あるほどの きくなげいれよ ひつぎのなか);古来数ある追悼吟のなかでも、屈指の名作と言えるだろう。手向けられたのは、大塚楠緒子という女性だ。挨拶としての哀悼をはるかに越えた作者の慟哭が、読む者にも泣けとごとくに伝わってくる。名作と言う所以である。
秋風やひびの入りたる胃の袋(あきかぜや ひびのいりたる いのふくろ)
猫に恋の歌詠ませけり(ねこにこいの うたよませけり)
季節別の代表句
【春】
春の水岩を抱いて流れけり
春の夜や妻に教はる荻江節
【夏】
かたまるや散るや蛍の川の上
曼珠沙華あつけらかんと道の端(※晩夏〜初秋)
無人島の天子とならば涼しかろ
【秋】
草刈の籃(かご)の中より野菊かな;漱石は、血まなこで俳句に立ち向かっていた子規や虚子などには、文学的にかなりの距離を置いていた。男子一生の仕事ではないと思っていた。よくも悪くも、その距離がそのまま、はからずもこのような句ににじみ出ているような気がする。
朝貌(あさがお)や惚れた女も二三日
【冬】
東西南北より吹雪哉
愚陀仏は主人の名也冬籠
March 19/1998 木瓜咲くや漱石拙を守るべく
May 03/1998 青葉がちに見ゆる小村の幟かな
September 03/1998 草刈の籃の中より野菊かな
November 07/1998 あるほどの菊抛げ入れよ棺の中
March 22/2000 連翹の奥や碁を打つ石の音
June 24/2002 鳴きもせでぐさと刺す蚊や田原坂
November 09/2005 空狭き都に住むや神無月
November 21/2007 秋風や屠られに行く牛の尻;大正元年(1912)、漱石四十五歳の時の作。四年後に胃潰瘍で亡くなるわけだが、晩年に近い作であることを考慮に入れると、味わいも格別である。
May 07/2008 ふるさとの笹の香を咬むちまきかな (小杉天外);天外は秋田県の生まれ。ふるさとから送られてきたちまきは、格別なごちそうというわけではないけれど、笹の香に遠いふるさとの香り、ふるさとの様子をしばししのんでいるのだろう。
May 04/2011 若葉して手のひらほどの山の寺
March 25/2012 雀来て障子にうごく花の影;
September 24/2014 京に二日また鎌倉の秋憶ふ;秋の鎌倉で療養している妻を案じているのであろう。療養ゆえ、秋の「鎌倉」がきいているし、妻を思う漱石の心がしのばれる。未発表のもう一句は「禅寺や只秋立つと聞くからに」。こちらは前書に「円覚寺にて」とある。








































































































































































































